アメリカのレース蒐集家 その2
私は東京と大阪で活動している、アンティークレースを研究する研究会『Accademia dei Merletti』を主宰し、「アンティークレース」についての考察や周知を行なっています。
ハリス・ファーネストック夫人
ー 17世紀初頭のカットワークレース
1919年のレース展に多くの作品を出品したMabel Estelle Metcalf Fahnestockマーベル・エステル・メトカーフ・ファーネストック( 1870-1931 )もそのような人物のひとりでした。
彼女のコレクションは娘たちに引き継がれ、母の思い出として1933年にメトロポリタン美術館に寄贈されました。
マーベルは、投資銀行家でメトロポリタン美術館の管財人・会計係、アメリカ自然史博物館会員で後援者でもあったハリス・チャールズ・ファーネストックの息子のハリス・ファーネストックと結婚しました。
彼女は20世紀の初頭から前期にかけてのニューヨーク社交界の花形で、慈善事業の傍らで染織品の蒐集をおこなっていました。彼女が世を去ったあとに遺された遺産は総額で307万4,569ドルだったといわれています。そのなかには16万6,100ドルの宝石の中に8万ドルの真珠のネックレスと共に、刺繍とレースなどの染織品コレクションがあり、それらは3万5,865ドルの価値があると見積もられたそうです。
この展示会に際して、マーベルは合計で24点のレースを貸し出しました。そのどれもが素晴らしいもので、今はメトロポリタン美術館のコレクションに加わっています。
図録本の図版番号28に所収されたレースは、手紡ぎの亜麻布に刺繍・カットワーク・レティチェロ・プント・イン・アーリアの複数の技法を用いて17世紀の初頭に作られたものです。
マーベルのコレクションから出品された作品は、ジャック・クラカウアーという人物が1913年まで所有していました。この年に、150ドル( 現在の価値で30万円ほど )でマーベル・ファーネストックに売却されたことがメトロポリタン美術館の来歴でわかります。
モリスとヘイグの解説によると「 ニードルポイントのカットワーク【 インタリアテッラ 】イタリア 17世紀 - 《 プント・レアーレ 》と《 プント・リッチィオ 》によるステッチワークと《 プント・イン・アーリア 》による人物像 」「 これらの作品には非常に優美なデザインが見られ、より長大な作品からいくつもの断片に切り取られて複数の蒐集家に所有されている 」と説明されています。
この素晴らしい17世紀初期の刺繍・レース作品の断片はこの時代を代表する作品としてヴィクトリア・アンド・アルバート博物館の学芸員サンティナ・リーヴィーの大著『 LACE A HISTORY 』にも所収されています。
流転するコレクション
ー ソニヤ・ドルフマイスター・コレクション
書籍や博物館・美術館でしか見ることがないと思っていたこの素晴らしい作品。
数年前にこの作品を得る機会が私に訪れたのです。
知人のディーラーに無理をお願いして、なんとか入手していただきました。
この素晴らしいレースが市場に現れるのは非常に稀で、その多くの断片はすでに各所の博物館などの所蔵になってしまっているからです。
私はこのレースは書籍でしか見たことがなく、実際に目にしたのははじめてでした。
実物のレースは、細番手の手紡ぎの亜麻を織った平織生地に、黄土色に染めた亜麻糸で刺繍されていました。クリーム色の生地に黄土色の刺繍が配色となって、その色彩のコントラストと優雅さに当時の人々の感性の豊さを感じます。
このレースの詳しい来歴はわかりませんが、数年前に他界したドイツ系と思われるソニヤ・ドルフマイスターという女性が所有していたそうです。
彼女はアンティークレースの蒐集を重ねていたそうで、そのコレクションは端切から現代の作家の作品まで広範囲に及んでいたそうです。
ソニヤ・ドルフマイスターが亡くなったのちに、遺族に遺されたコレクションがまとめて市場に放出されたようで、なかには古くて珍しいレースもいくつかあったようです。
アンティークレースは個人コレクションが多く、個人から個人へとコレクションが流転しながら伝わっていくのも面白く魅力的なところだと私は思うんですね。
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