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Wikipediaこれ読んどけ 第06回「紅藻」と専門家問題

知らないことを調べるためにWikipediaを見に来たのに、冒頭から専門用語の連発でドン引き... そんな経験、皆さんもあるのではないだろうか? そこで今回はこの「専門家の自己満足」問題に立ち向かおうと思う。

いつもはポジティブな雰囲気を出すため、最初に立派な記事を紹介しているけど、今回は説明の順番を変えて、専門用語チンプンカンプンなNG例を先に示しておきます。

" 著作権(ちょさくけん、英語: copyright、コピーライト)は、最広義には著作者の有する実定法上の権利(著作財産権、著作者人格権、著作隣接権)をいう。このうち広義の著作権は著作財産権と著作者人格権をいう。"

出典: Wikipedia日本語版「著作権」2019年1月25日時点版 (oldid=71425034) より冒頭抜粋

これ、もう直してあるんだけどね。酷くないですか? 「著作権」のWikipediaページを開いたら、最初にこの文章が目に飛び込んでくるんですよ (過去版なので、飛び込んでき「た」が正しいけど)。

● 著作権とは何かを知りたい初学者が、「実定法」が何なのか知っている確率は5%未満だろう。(ちなみに著作権が実定法上の権利という定義自体が間違ってるんだけどね...)

● しかも著作権は著作財産権、著作者人格権、著作隣接権の3つが束になった総称なんだけど、そもそも著作権を知らない読者にとっては、その内訳3つを冒頭から単語列記されても面食らってしまうだけだろう。

● さらに「最広義」とか「広義」とか言ってるけど、なんでそれが重要なのかも読み手には分からない。

...専門知識がある人が執筆すると、こういう文章のオンパレードになってしまうのだ。特に学術性の高いジャンルでは、これが日常茶飯事。

そんな「専門家の内輪ウケ」と「自己満足」が横行する中で、異彩を放つ執筆者の記事がある。それは「紅藻」。海苔 (ノリ) の原料となる海藻ですよ。ヘーイ、寿司喰いねぇ、海苔喰いねぇ。

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画像著者: Yumi Kimura (puamelia)、画像取得元: Wikimedia Commons

この手の記事はWikipediaだと「食品」ではなく「生物学」のジャンルとして執筆されるので、たいていは専門用語が満載の記事になる。で、この「紅藻」も例にもれず専門用語は多い。鞭毛とか、偽柔組織とか、リボゾームとか。

つまり、「紅藻」では一般読者が寝落ちしそうな難しい話を書いているわけなんだが、この記事が他の専門記事と決定的に違う点が1つだけある。さて、なんでしょーか?

(答え) 専門用語のリンクをクリックせずとも、素人がなんとなく読み進めることができる。

これ、ちゃんと気を付けて書いてる執筆者はとても少ないのよ。絶滅危惧種かと言わんばかりの少なさ。

では「紅藻」の記事では具体的に専門用語をどうやって処理しているか、冒頭を読んでみよう。

" 紅藻は...(中略)...その名の通り赤い色をしているものが多いが、これは赤い光合成色素タンパク質であるフィコエリスリンを多くもつためである (フィコエリスリンを欠き、青緑色をした種もいる)。 " —「紅藻」oldid=75456677より冒頭一部抜粋

こんな風に書かれている。Wikipediaだと、別ページに記事があれば「フィコエリスリン」みたいに内部リンクが張られている。でも、リンク先に詳細が書かれているからといって、本文を読んでいてイチイチ分からない単語のリンクをクリックなんてしない読者が多いだろう。クリックしてたら、気が散ってしまう。

これに配慮して、「紅藻」の記事では、フィコエリスリンという専門用語の前に「赤い光合成色素タンパク質である」と言葉をちゃんと補ってある。光合成くらいは分かるが、それが色素タンパク質だからって、なんだってーの?と素人は思うわけだが、少なくとも、ふーんそういうモノなのかぁ、と表面的には理解できる。

なので、素人にはとても難しい内容ではあるけれど、文章を読んでいて疑問だらけに陥り、集中力が切れるということがない。

これだけだと分かりづらいので、もう1つ例示してみよう。

" 紅藻の中には、細胞壁に炭酸カルシウム を沈着させて石灰藻となるものもいる (すべて真正紅藻綱)。このような石灰化は、光合成における二酸化炭素濃縮機構と関連していると考えられている。石灰化する紅藻 (特に真正紅藻綱サンゴモ目) は沿岸域で量的に多く、その石灰化は生態的にも重要な働きを担っている (サンゴ礁や磯焼け) (右図)。 " —「紅藻」oldid=75456677より #細胞壁 の節から一部抜粋

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画像著者: Derek Keats (2011)、画像取得元: Wikimedia Commons

石灰化が二酸化炭素凝縮機構と関連してると言われても、何ですかその機構は?と疑問に思うわけです。ここで素人は読み進めるのを諦めようかと感じ始めるのだが、その直後にサンゴ礁に関係するのだ、と分かりやすい説明がついてくる。しかも画像付きで。専門用語が分からずとも、何となく言いたいことの雰囲気が伝わってくる。それでいいのだ。

このテクニックを巧妙に使いまくっているのは、Neobodoさんという執筆者。この方の投稿履歴を見れば分かるが、ひたすら藻について執筆している。生物全般じゃない。藻にフォーカスです。

Neobodoさんの執筆記事は良質な記事 (GA) に複数ノミネートされたことから、私は投票者の立場で何度かコミュニケーションをとる機会があったが、その語り口から、おそらく藻の研究を専門にやってる方だと思われます。(蛇足ですが、私が英語の参考論文URLを提供したら、すぐに読んで加筆してくれて、とてもいい人でした。)

分かりづらい専門分野を、素人読者を意識して伝えようとする姿勢が、どことなく人気予備校講師キャラっぽく感じる。いや、私が勝手に想像してるだけですけど。林修が白衣を着て、藻の記事を書いているような妄想さえ抱いてしまう。

白衣を着た林修、改めNeobodoさん (笑) の執筆記事は、リンクをクリックせずとも読めるだけでなく、もう1つ特徴がある。他の典型的な生物記事と目次構成面でも違いがあるのだ。これも素人読者を意識した書き方なのだろうか? 本人にいつか質問してみたいところだが。

具体的に何が違うかというと、一般的な生物記事の場合、導入節の直後には「分類」とか「記載」という目次がくることが多い。これは生物学者にとっては非常に重要な話なんだが、一般の素人にはつまらない話でして。で、Neobodoさんは (意識してかは分からないが) 分類の情報はWikipedia記事ページ上の最後の方に劣後させて書いている。

「分類」とは何かというと、新しい生物の種を発見したらそれは「○○界 ○○門 ○○網 ○○目 ○○科 ○○族の○○種」である、というように生物分類のツリー構造内で決めること。ところが、未知の生物の場合は後から分類の仕方がおかしかったので付け替えをする (訂正する) ケースというのもちょくちょくある。この分類は、生物の進化・分化と関係するので生物学者にとっては重要なのだ。でもまぁ、素人読者にとっては、機械的な文字列にしか思えない。

また「記載」というのも生物学では重要だ。その生物の学名に発見者の名前がついているケースも多いのだが、それは発見者が論文に「オレ見つけたぜ。特徴は表面が赤くて、ヌルヌルした液体をまとっていて...」と特徴を「記載」し、他者から「あぁ、あの人が第一発見者だから学名つけていいね」と認めてもらう必要がある。

で、この「記載」ってやつは素人が興味を持つ生物の特徴をまとめているわけでは必ずしもないので、やはり機械的な文字列を読んでいてつまらないこともある。でまぁ、Wikipediaでも冒頭直後にこういう (素人読者にとっては) つまらないことが書き連ねてあるケースが多い。

そんな状況下で、「紅藻」の執筆者Neobodoさんは大胆にも目次構成を変えてきている。結構なチャレンジャーだよね。私は百科事典たるもの、素人読者に分からん書き方をしてはダメだ論者なので、Neobodoさんの書き方というのはひそかにリスペクトしまくっている (いや、ここで書いちゃったから「ひそか」ではなくなってしまったけど)。

ということで今回は、専門家なのに「伝える技術」に優れた記事をご紹介してみました。Neobodoさんの藻の記事は、2020年6月時点で今回紹介した「紅藻」以外に「藍藻」(シアノバクテリア) もGA認定されているので、読んでみてね。

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