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漢詩入門 はじめのはじめ安藤信広を読んで

「漢詩はむずかしくない」とやさしい語り口で教えて下さる本。
 
「つきはなすこと」
〈悪戦苦闘〜そこで終わらずに、そうである自分をつきはなして見る。そういう目を持つことなしに、詩は生まれません。 
 表現者としての自分を、いつも自分の中に育てているか、いないか、です。〜詩は天啓です。〜けれどそれは、表現する者としての長い修練と努力が、ある瞬間に実を結んだ場合のことを言っているのです。文学にかぎっていえば、みずから啓示を求めないものに、啓示はおとずれないのです。〜表現しようとしなければ、表現できない。とあたりまえの言いかたをしても、よいでしょう。〜表現しようとする自分を自分の中にもつ。それは、自分をふくめて、あらゆるものを一度つきはなして見つめることでもあります。〉 

素敵な漢詩がたくさんあって、忘れたくないので記録しておく。

北宋の蘇軾(そしょく) 号(ごう)は 東坡(とうば)居士 

孔密州(こうみつしゅう)の「東欄(とうらん)の梨花」に和す

梨花淡白柳深青  梨花(りか)は淡白にして柳は深青なり

柳絮飛時花滿城  柳絮(りゅうじょ)の飛ぶ時花は城に満つ

惆悵東欄一株雪  惆悵(ちゅうちょう)す東欄(とうらん)一株の雪

人生看得幾清明  人生幾たびの清明をか看得ん

・・・・・・・・・・・・・・・

梨の花はほんのり白く、柳は深い緑色(深青)

柳のわた(柳絮)が飛び交うころ、町はすっかり花でうずまってしまう

庭の東の欄干のそばに、雪のように白く咲いていた(一株の雪)一本の梨の木があったことを思い浮かべつつ、私はものおもいにふける(惆悵)

はかない人の一生に、いったい何度このようなすばらしい清明の日と出会うことができるのだろうか(看得ん)


雑詩 王維

君 故郷より来たる
応(まさ)に故郷のことを知るべし
来たれる日 綺窓(きそう)の前
寒梅 花を著(つ)けしや未(いま)だしや

あなたは 私の故郷からやって来たという
ならばきっと 故郷のことを知っているだろう。
あなたが故郷を出て来た日 あの美しい窓辺に、
寒梅はもう花をつけていただろうか。

愛する人の窓辺に、また今年も梅が花をつけたかどうか。〜そしてその窓辺に、あの人はかわりなく暮らしているかどうか。

衛八処士に贈る  杜甫

人として生まれて 大切な人に会えなくなるということは

ややもすると オリオンとアンタレスのようだ。

だが今宵は なんとすばらしい夜だろう、

君とこのともしびの光を共にしているのだから。

青春はいつまでつづくといえようか、

髪の毛は 君も私も もう白髪まじり。

旧友たちのことを聞けば 半分は死んだという。

驚きの声をあげて 私は腸の中まで熱くなる。

思いもしなかった 二十年もたって

もう一度 君の家に上がることができようとは。

(中略)

明日の朝 君と別れて 山をへだててしまえば、

人の世のいとなみは 二人の前に あてどなくひろがるのだ


安藤信広先生の訳
(元の詩は)


衛八処士に贈る

人生不相見
ジンセイアイミザルコト
動如参与商
ヤヤモスルト サントショウノゴトシ
今夕復何夕
コンセキハ マタナントイウ ユウベゾ
共此燈燭光
コノ トウショクノヒカリヲ トモニストハ
少壮能幾時
ショウソウ ヨク イクトキゾ
鬢髪各己蒼
ビンパツ オノオノスデニ ソウタリ
訪旧半為鬼
キュウヲトエバ ナカバ キトナル
驚呼熱中腸
キョウコシテ チュウチョウネッス
知二十戴
イズクンゾシラン ニジュッサイ
重上君子堂
カサネテ キミノドウニ ノボラントハ
(中略)
明日隔山岳
ミョウニチ 山岳ヲ隔テナバ
世事両茫茫
セジフタリナガラボウボウタラン

( 杜甫が仕事の出張先で旧友に会った時の歌 )

旅夜書懐  杜甫
https://uquqtaka.com/kanshi/023a.html

こまやかな草が かすかな風にゆれる岸辺。
たかい帆柱の下で ただ一人眠れぬ夜を過ごす舟。
星は地平線にまで垂れこめて 平野はどこまでも広がる。
月はいましも水面から湧きでて 長江はきらめいて流れてゆく。
名声など どうして文学によって挙げられようか。
官職は 老い病んだ身であれば やめてよかったのだ。
さすらいただよう私は、いったい何に似ているのだろう。
天と地のあいだに ただ一羽 砂浜にうずくまっている鷗が それだ。


若山牧水〜白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ〜

を思い出す。他にも書き写したい詩がたくさんあった。

「心豊かに」
〈多く読み、いつも書くこと。これも、たいせつなことです。漢詩にかぎりません。日本の文学、ヨーロッパの文学、その他いくらでも、広い世界はあるのです。そこに向かって開かれ、かよいあうことのできる心を、自分の中にはぐくみたいものです。…〉

この本に向かっていると、素晴らしい先生の講義を拝聴しているよう。今日のラジオで、茉莉亜まりさんが「芸術は境界がないと思っている」とおっしゃっていた。
本の最後に
〈詩は心の旅です。旅は、私たちの視点を自由にし、私たちの視野を広やかにします。旅のように、詩そのものの中に、私たちを自在に解き放つ力がひそんでいるのです。〉と教えて下さった。安藤信広先生に感謝。





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