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【短編小説】「Ark」 (#16~#18/#22)

あなたは、人が二人、目の前で死ぬという経験をしたことがありますか?
そんな、一生に一度もないであろう経験を、私はしたのです。ーーー

Ark16


不意に声がした

それは本当に小さな声だったけど

僕はすぐに“彼女”だと思った

振り返るとそこには

案の定、彼女がいた

今にも泣きそうで、

それでも心からの笑顔でいる大切な人が。

僕もきっとこんな顔をしてるんだろう

隣にいる彼女が困惑した顔をしている

あぁ、そうだ

僕はこの人を大切にしなければならない――

きっと今、見知らぬ女が突然現れて自分の恋人と微笑みあっているから困惑しているのだろう―――

説明しなきゃ

――どうやって?―――

僕は、大切な人の存在を彼女に説明する術をもっていなかった


Ark17


振り返った彼は少し驚いた後、笑ってくれました

「楽園へ帰りましょう」

もう一度言った私に彼は

泣きながら微笑みました

その微笑みは少しも哀しげではなく

心からの笑みでした

きっと私も今、こんな顔をしているのでしょう

周りの人々は別段私たちに興味も持たず、歩き続けていました

ただ、隣にいる彼女だけが

「この子は誰?何があったの?」

と問い続けていました

彼は答えませんでした

私はおもむろに《Arkと呼ばれたもの》を取り出しました。

驚愕する彼女

目を見開く彼

しかし彼は決して逃げようとはしませんでした

私にはそれが答えのように思えました


Ark18


「楽園へ帰りましょう」

彼女はまたそう言った。

僕は最初、その言葉の意味がわからなかったけど

彼女が鞄から取り出したものを見て、理解した

そして僕は、自分が間違えてしまったことに気付いた

走れば簡単に逃げることができただろう

それでも僕はそうしなかった

これは、自分が招いたことだから

けじめをつけよう

そんなつもりで

彼女の目には涙がたまっていた

僕は精一杯の声で

「泣かないで」

と言った

選択を間違えてしまったあの日、

彼女にどうしても言うことができなかった一言を



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