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横に育て、縦に育てる〜『哲学の問い』

◆青山拓央著『哲学の問い』
出版社:筑摩書房
発売時期:2024年8月

哲学とは問いを育てるもの。これが本書の核心となる基本認識です。その育て方には「横に育てる」「縦に育てる」の二種類があるといいます。本書は前半は〈対話〉編、後半は〈論述〉編になっていますが、いわば「横に育てる」を対話形式で、「縦に育てる」を論述形式で実践しているわけです。

本書で取り上げる問いはバラエティに富んでいます。

「自由のために戦わない自由は、自由の行使じゃなくて身勝手なんだろうか」
「犯罪者は、非難の対象ではなく治療の対象として扱われるべきか」
「生まれと育ちにおける運を〈親ガチャ〉という一つの概念に押し込めて考えるのは正当なことなのか」……。

……これらの問いを育てていくことを通じて〈哲学をするとはどのようなことか〉を読者は感受できるという寸法です。

それにしても、上記のような具体的な問題を哲学的に考えていくと、さまざまな難問につきあたることがわかります。

たとえば、同性婚の問題。日本で同性婚を認めることに「基本的に賛成」としたうえで展開される議論はなかなか秀逸です。著者はニュージーランドの議会でのモーリス・ウィリアムソンが行った演説を引きます。ネットでも動画の形で拡散されたので、見た人は多いでしょう。

「私たちがこの法案でしていることは、お互いに愛し合っている二人が結婚によってその愛を認められるようにするだけです。それが、すべてです。……この法案は、それによって恩恵を受ける人々にとって素晴らしいものですが、残りの人々にとっては今まで通りの生活が続くだけです」(p134)

青山はここから二つの論点を引出しているのですが、ここでは一点だけ触れておきましょう。「お互いに愛し合っている二人が結婚によってその愛を認められるようにするだけ」という言い方は「レトリックにすぎない」というのです。

「法改正によって叶えられたのは、『その愛を認められるようにする』という抽象的であいまいなことではなく、同性婚にも異性婚と同様の具体的権利が認められることである」と述べたうえで、愛はたしかに重要だが、「愛というものだけに訴えて同性婚を万人に認めてもらうことには、どうしても限界がある」とも指摘しています。たしかに近親者との結婚や三人以上での結婚などは、たとえ当事者のあいだに愛があっても現代日本では認められていません。

……ある理念に基づいてある権利が擁護されるとき、その理念がどの範囲の権利にまで適用可能になるのか(なってしまうのか)を確認しておくことは、ひじょうに重要なことである。だから、同性婚を支持する方は、愛し合う人々の結婚ならば何でも認めるつもりがあるのかどうか──、もし、そのつもりがないならば、同性婚では愛以外にどんな条件が満たされていると考えているのかを自分に問いかけてみて頂きたい(私もこの文章でそれを試みた)。(p136〜137)

本書では、このように各章でそれぞれに密度の濃い哲学的考察が行われています。問いに対する答えはさほど重視されません。議論の内容が私には難解な箇所もありますが、すぐれた哲学入門書であるとことは請け負ってもいいかと思います。

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