「団地映画」の佳品〜『海よりもまだ深く』
キャッチコピーは「夢見た未来とちがう今を生きる、元家族の物語」。
かつて文学賞を取ったもののその後は鳴かず飛ばずでギャンブル依存症になっている主人公・良多(阿部寛)。いつか団地生活から抜け出せると夢みたけれどこのまま一生を終えそうな母(樹木希林)。幸せな家庭生活を夢見たものの果たせず、良多を見切った元妻(真木よう子)。
そうした大人を見て育ったからか、少年野球のチームに入っている良多の息子(吉澤太陽)は代打で出てもバットを振らずにフォアボール狙い。最初から夢のハードルを下げている様子です。
そんな「元家族」たちがひょんなことから団地に集まった日、台風のために帰れず泊っていくことに……。
詳細は控えますが、安直に希望を提示することのない是枝ワールドのまとめ方は、台風一過の翌朝におぼえるようなある種の解放感をもたらしてくれる、といえば褒めすぎでしょうか。
また、舞台となる団地(&周辺)の撮り方が、愛おしむような眼差しを感じさせて素敵だなと思ったら、監督が実際に子供時代に暮らした団地で撮影したのだとか。
そしてもう一つ、是枝作品に登場する時の樹木希林はとりわけ素晴らしい。彼女の存在感に接するだけでも本作を観る価値があるでしょう。
ちなみにタイトルの『海よりもまだ深く』はテレサ・テンの《別れの予感》の一節かから採ったもの。後半、母とダメ息子が深夜に会話する重要な場面で、ラジオ番組からこの曲が流れてきます。もちろん作品の内容とも関連していて、下手な監督がこういう演出をすると野暮ったくなるし、巧くやり過ぎると嫌味になりますが、そこは是枝監督、絶妙のタイミングとさり気なさでテレサの歌声を聞かせ、印象深いシーンに仕立てています。
2008年の名作『歩いても 歩いても』はいしだあゆみのヒット曲のワンフレーズを引用したものでした。昭和の歌謡曲をモチーフに家族のあり方を考える作品は、是枝組の名物シリーズとなるのでしょうか!?
*『海よりもまだ深く』
監督:是枝裕和
出演:阿部寛、真木よう子
映画公開:2016年5月
DVD販売元:バンダイビジュアル