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謙虚で公平で権威を振りかざさない〜『時々、慈父になる』

◆島田雅彦著『時々、慈父になる。』
出版社:集英社
発売時期:2023年5月

芥川賞の最多落選記録を持ちながら芥川賞の選考委員を務める島田雅彦の自伝的作品。これまでの六十年の生活史のうち前半三十年は『君が異端だった頃』にまとめられ、後半三十年が本作として結実しました。表題からも察せられるとおり、子どもが生まれ、その父子関係が物語の基軸となります。

子どもの名はミロク。「永遠に実現しない希望」を意味する弥勒菩薩から採りました。ちなみにシマダミロクの名は『カタストロフ・マニア』の主人公にも流用されています。

注意欠如、多動性障害や学習障害の診断を受けたミロクは「ほかの子の二倍の時間をかけて、宿題をこなし、本を読むという生活」を続けます。

その一方、生後間もない頃から世界中へと連れ回されたミロクには、海外で学ぶという選択肢も自然に刷り込まれていました。というわけで彼はメーン州の全寮制ハイスクールへ。さらに、オペラ関連の仕事をしたいという希望をもつにいたり、ミュージック・マネージメントを勉強すべくハートフォード大学に進みます……。

「すべての親は子どもに対してバカである」と言い切る一方で、父性なるもののイデオロギー性をも島田は充分に自覚しています。父と子の関係は本作の重要な要素になってはいますが、それだけに縛られるわけでももちろんありません。島田自身のマルチな仕事ぶりも嫌味なく記されています。

何より物故者を含めて各界の著名人が実名で登場するのも読みどころの一つ。三枝成彰、安藤忠雄、宮沢りえ、青山真治、中村勘三郎……。耳を触られるのが嫌いな大江健三郎のエピソードも愉しいし、島田の芥川賞授賞に終始一貫反対し続けたのは、安岡章太郎と開高健だったという楽屋話も興味深い。

さて『君が異端だった頃』『時々、慈父になる。』で自己批評的な作品をものした島田ですが、このあとはいかなる作品を構想しているのでしょうか? 「残りの人生は心折れる現実から逃れるために、物理法則や三次元的常識を超越したマルチバース仕様の意識を開拓することに捧げる」と末尾に記しています。時々慈父になった文学者の次なる展開もまた楽しみです。

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