音声の力、映像の力〜『関心領域』
映画が音声を獲得してサイレントからトーキーに移り変わろうとしたとき、少なからぬ映画人がそのことに疑義を呈しました。チャールズ・チャップリンも小津安二郎も当初はトーキー映画に抵抗を示したことはよく知られています。
映画『関心領域』を観て、ふとそのような映画史の一コマを思い出しました。本作は紛れもなく音声の効果が遺憾なく発揮された作品だからです。一見平和な日常生活を営む家族。美しい庭園の壁を隔てた向こう側での出来事は、煙突から吐き出される煙などで表現されているほかには、もっぱら叫び声や罵声、銃声などで示されているのです。肝心な営為を徹底して見せない演出によっていっそう人間の恐ろしさや残酷さ、複雑さが浮上してくる。
シリアスな映画は嫌いという人に対しては、人間の良心や希望を感じさせる場面もある、必ずしも後味の悪い映画ではないと思う、と付け加えておきましょう。
世紀が変わり、歴史は反転して、いまイスラエルによるガザでの大虐殺が進行しています。そのような時代に本作が公開されたことはいっそう意義深いことではないでしょうか。
また誤解なきよう付記しておけば、チャップリンも小津も優れた映画作家であることを私は疑いません。トーキーでも歴史に残る傑作を遺したのですから。