壮大な人体と宇宙のハーモニー〜『138億年の音楽史』
◆浦久俊彦著『138億年の音楽史』
出版社:講談社
発売時期:2016年7月
音楽から世界をみるのではなく、世界から音楽をみる。ここに書かれてあるのは壮大な音楽のタペストリー。音楽史はもちろん、宇宙物理学から数学、医学、生物学、考古学、キリスト教神学、政治学、哲学などなど様々な分野から知見を取り込んで、悠久の音楽史を浮かびあがらせています。
本書では娯楽とか芸術とか現代的な観点がひとまず括弧に括られ、政治的機能や権力との関係、他の学問分野との関連など、音楽の多面的な性質が万華鏡のように読者の前にあらわれます。著者はパリで音楽学、歴史社会学、哲学を学び、現在は文化芸術プロデューサーとして活躍している人物。並の音楽史研究者にはなし得ない力技といっていいでしょう。
音霊や言霊を媒介に「神との交感」として生まれた音楽の事始め。宇宙の調和と音の関係を考えたピュタゴラスのひらめき。古代の戦場で武器とともに活躍した太鼓やトランペットなどの楽器。古代中国における法としての音律。聖歌を教える苦労から記譜法の考案にいたった修道士の機知。
……世界の歴史に刻印された音楽にまつわるエピソードにふれていると、まるで音楽のテーマパークを周遊しているような気分になってきます。
感情の音楽としてオペラを捉え、それは同時代のデカルトの処女論文『音楽大要』の認識と軌を一にしていると指摘するくだりなどもなかなか啓蒙的ですし、マックス・ウェーバーが『音楽社会学』の未完論文を残していたというのも初めて知りました。
ただし諸手をあげて人に薦めるには躊躇せざるをえない難点がいくつかあります。まずブッキッシュな人の記述の常として、先人の著作からの引用が中心になっているので、内容が多彩な割には読み味がやや平板なこと。時に衒学的な匂いがするところも人によっては嫌味に感じるかもしれません。また現代における音楽と社会との関連を概観する最終章で、疑似科学的な挿話がいくつか紹介されているのも少し引っかかりました。むろんそれらを差し引いても一読の価値はある労作であるといっておきます。
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