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アーモンド・スウィート

 東神田小は神田駅から歩いて大人の足で十分、子供の足で十五分の場所にあります。校舎は四階建てで、五、六年生の教室は四階にあり。四階の上は屋上になっています。屋上は朝から開放されていて、早く来て屋上で遊ぶ生徒、離れた場所に座り自分の好きな本を集中して読んでいる生徒、理科実験の観察スペースがあるので毎日の観察の為にくる生徒、理科実験スペースの隣にある屋上花壇の植物に水をあげに来る花壇係の生徒、多くの子供たちが朝から屋上に来ています。

 五年一組担任の天野は、クラスの理科準備係の加瀬和歌(わか)と金里潤子(じゅんこ)を連れて理科実験スペースに来ている。好きな花を植えて良い、好きな種を蒔いても良い花壇が隣接しているために、理科実験スペースにある観察用の朝顔やヘチマなどの植木鉢が、妙な弱りかたしていた。たぶんだが、花壇係の生徒がホースでの花壇への水やりついでに、理科実験スペースの植物にも大量の水を撒水しているからだろう。鉢植えには土が半分くらいしか残っていないから分かる。
「今度、理科実験スペースの植木鉢には水をあげないでくださいって張り紙を屋上のここにも、一階の職員室の前の廊下にも、理科実験室の前の扉にも貼っておくか」
 天野は、園芸用スコップで、鉢植え一つずつに新しい土を入れている加瀬と金里に言った。
「そうしたほうが良いですね。一応は親切で水をあげてくれているんですから、注意書きだけ貼っておけば」潤子は穏便になるように言った。
「これ親切かしら。半分も土が無くなってるなんて。悪戯にも等しいんじゃないですか」和歌は金里の言葉を否定したうえで、天野に疑問を口にした。
 潤子は思わず鼻に皺がよった。和歌にみられてないと思う。
「そうだなー、加瀬の言うとおり悪戯に近いな。でも金里が言ったように、悪戯と決めつけないで、親切かもしれないと考えて、張り紙を貼って、それでも水を撒いて土を流すようなら、それから注意してもいいんじゃないか」
 和歌は潤子の顔を見た。見られた潤子は自分の言い分が通ったと勝ち誇った顔にならないように注意しながら、和歌に対して頷いた。
 和歌は少しがっかりした態度に成ったが、すぐに、
「先生、今週までに校外学習の班決めしないとならないんじゃないですか」
 と和歌は、植木鉢を動かしている天野を見上げるように言った。
「決まるかしら。特に女子は」
 潤子は苦い物を噛んだような、また皺が寄った顔になった。
「六班に分かれるよう組み分けしないとな。好き嫌いはあるだろうが、そんなに複雑でもないんだろう?」
「まあ表面的には、矢崎さんが田中さんを嫌っているのと、中嶋さん、矢沢さんが一人になりがちなのと、永井さんはきっと(学校に)こないだろうし、あとは…米山さんが入ったグループは米山さんに逆らえなくなるから、みんなが嫌がるくらいですけど…」和歌がサラリと言った。
 米山英瑠(える)が一組女子のボス的な存在なのは誰もが分かっていることで、担任の天野も知っている。誰が聞いているか分からない屋上で話す和歌に戸惑い、潤子は土を入れる手が止めて和歌の顔を見てしまった。
「米山さん気にしてないよ。みんなが怖がるほど、威圧があることも悪いとも思ってないし」潤子にまじまじと見られた和歌はサラリと言った。
「でも小笠原さんや矢沢さんに聞こえたら、騒ぎが無駄に大きく成るから。(登校拒否している)永井さんだって校外学習はくるかもしれないじゃない。オープンな場所では言わない方がいいと思うな」
「一人で居たい人達は気にしないんじゃない。永井さんは来ないよ。あと田中さんのことを嫌っている女子は矢崎さんだけじゃないし。あの人、エッチな話しばかりするからわたしも嫌い。きっと中学卒業したら渋谷か新宿の夜の街で働くよ。藤巻さんも家が美容院だからって、ファッションの話しばかりして…バカみたい」
「もう良いでしょ」和歌は陰口が止まらないので、だんだん不愉快になってきた潤子は強く言った。
「わたしが嫌いって、言ってるだけでしょ?」
 和歌と潤子は軽く睨みあった。それを見た天野のほうが慌ててしまう。
「男子は誰が中心は誰なんだ」
 天野は参考までにという感じに、和歌と潤子に聞いた。
「男子は、高杉くんと倉岳くんが中心になるんじゃないかな」
 和歌は睨むのを止めて、天野に顔を向けて言った。
「あと李くん、お金を持ってるから人が集まるよね。気前も良いし」和歌。
「遊海がまたかき回すだろうなー」また和歌。
「んー、稲垣くんはアウトロー気取りだし、鈴木くんは勉強が出来るからって人をを見下してるし、菅原くんはムッツリで怖いし、松村くんは悪戯が酷いし…でもグループに成れないほどじゃないかな」考え考え言う和歌。
「あと、柳瀬くんを誰の所で引き取るかで悶着があるだろうなー」
 和歌は一人得意げに話した。潤子は一言もしゃべらない。天野先生といえど信用できないから。誰かにしゃべらないと限らない。誰が聞いているか分からない。どの言葉がどう曲解され、誰の恨みを買うか分からないからだ。
「女子も男子も、問題多そうだな」
 天野も薄々分かったいたが、予想以上にグループ分けは騒がしく成りそうだと思った。
「女子は表面的には問題はないです、て…ねぇ?」
 和歌は同意を求めるように潤子の顔を見た。潤子は和歌と視線を合わせたくないので、土を入れるのに集中しているフリをした。
 和歌は待ってもう一度「ねぇ」、と潤子の横顔に笑いかけた。
「………」
 潤子は、顔が一気に強ばるのを感じた。

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