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アーモンド・スウィート

 中嶋彩葉を間近で見るとリかちゃん人形に似ていると思った。ただリかちゃんは目がくりくりとしたどんぐり眼だが、中嶋彩葉の目は一重なのか奥二重か瞼がスッキリしている。また目の形が三角で、芸人のハラちゃんだかインフルエンサーのフワちゃんだかに似ている。可愛い女の子に例えないのは音の中嶋彩葉に対するイジワルだ。他の例えるならば、切れ長の目に描かれているこけしに細い手足が付いた感じだろうか。寸胴でメリハリのない身体、中くらいの背、細い腕、細い脚。

「なにか?」怪訝な顔の彩葉は麦畠遥佳と大垣音を交互に見る。遥佳とは三年生四年生のときにクラスが一緒で、なにかと一緒に行動した。三、四年生の時は高嶋亮、田中真、中山慶治も一緒で五人で放課後や休日に集まって、神田や日本橋、人形町方面、銀座方面、上野方面、神保町、お茶の水、水道橋の後楽園など一緒に行動した。遥佳と亮がカップの成り、彩葉と真がカップになるように押し付けられ、慶治が二つのカップルの間をあっちに行ったりこっちに来たりしていた。真は彩葉とカップルに思われてまんざらでもない顔をして喜んでいたが、当時彩葉は内心迷惑に感じていた。真の父親は国際線の飛行機のパイロットらしく彼はそれを常に自慢していて、自分も将来は国際線飛行機のパイロットになると夢を語っていた。勉強も努力しているらしく彩葉も通っている塾でクラスはS2に入っている。彩葉からみればまだまだ努力が足りないが、将来の職業が飛行機のパイロットと決めてるのなら、無理して東大に入ってもしょうがなく、そこそこの大学に入ってパイロットを目指したほうが効率が良いだろう。
 ともかく五年生になって自分は一組、真、亮、慶治の三人が二組とクラスが別々になったのはラッキーだと彩葉は思っている。真は一学期の始め四月五月頃までは、二組から一組まで来て彩葉に声をしつこくかけてきた。「一緒に帰ろう」とか「一緒に塾へ行こう」とか、「今度の休み、何か予定ある? なければ、どうだろう新宿に行ってみないか」とか毎日のように声をかけてきた。ときどき、やはり二組になった遥佳と亮も真は連れてきて彩葉を誘うことがあった。みっともないヤツとしか感じなかった。

 音は、以前に中嶋彩葉と田中真がカップルだったこと、麦畠遥佳と高嶋亮がカップだったことを遥佳から聞いて知っていた。音と遥佳は小学校一年の頃から一緒のスイミングスクールに通っていて、三年生四年生のときに遥佳から沢山のろけ話を聞かされてきていた。そして遥佳の話しにときどき中嶋彩葉が出てきていたので知ってはいた。しかし対面するのは今日が初めてであった。
 しかしまあ八歳九歳で、男と女の複雑な色模様で忙しい連中だと聞きながら感じていた。その噂の大人びた中嶋彩葉が、音の大切な弟分の遊海秀嗣に色目かを使い、ちょっかいを出しているらしいと知り、姉さんとしてはチェックは必要な行為だと思う。何しろ弟分の秀嗣は色惚けするヤツだから。悪い女に騙されないようにしないと注意はしてやりたいと思う。今ならまだ間に合うと思うし。
「遊海のことどう思ってるの?」そろそろと一組の扉の前まで戻りながら、なめられないようにドスを利かせた声で音は彩葉に質問した。
「はあ!?」1オクターブ上がった声をあげ、怪訝な顔をする彩葉。
「からかってる?」物怖じしない性格だと普段から自分でも感じている音は、強めの高い声での「はあ!?」くらいではビクリともしない。
「素っ頓狂な声をあげてさ。それとも私たちを笑わしたい。笑えないよねぇ」と遥佳に音は同調を求めた。急に意見を同じにするよう求められた遥佳は「えっ!?」とこれまた素っ頓狂な声をあげた。
「はあ?」彩葉も物怖じしない性格らしい、眉間に皺を寄せながら強い視線が音のことを捉えて離さない。
「はあ? しか言えないの?」なんでいきなり一組まできて中嶋彩葉とケンカしているかと考える冷静なもう一人の音が居て、思わず腹の中で笑ってしまったら腹の中だけでは治まらず、口角があがって鼻でもフンフンと笑った息が出てしまった。
「なによ!」ズイっと彩葉が音に向かって一歩前に出て、顔と顔とが近づいた。呼吸こそ元に戻ったが、音の顔は微笑したままだった。
「腕力に物を言わせたケンカでもなんども買ってあげるけど、わたしの質問に答えてからにしなさいよ」
「だから何よ」
 面倒くさくなったと音は思った。隣で固まったままの遥佳に助け船を出して欲しかったのだが、気配からすると後ずさりしたようだ。ここでまた米山英瑠が音と中嶋彩葉に気付いてくれて声をかけてくれたらいいのにと感じ始めていた。
「遊海のことどう思ってるのよ」
「どう思ってようとあなたには関係ないでしょ!」
「そうはいかない」と音は彩葉の顔に顔を近づける。
「何がよ」彩葉はひるむでもなく、強気に下がらない。
 あーもう良いわ、と言って三組に帰ろうか、彼女のおでこに頭突きの一発でも入れてやろうかしらと考える。音は三歳四歳の頃から自分の石頭に自信があって、大抵の女の子、男の子を頭突き一発で黙らせてきた。
「遊海くんとあなたと、何の関係あるのよ」
「遊海はわたしの弟分のようなものよ。だからたぶらかしやからかいは、許さないんだよ」
「お母さんでもあるまいし。何が許さないんだよ、だ」
「アイツとわたしは、保育園の頃から守ったり守られたりしてきたんだよ。兄弟みたいなものなんだよ」
「はあ!?」
「だから、なんだその「はあ!?」は?」
 「まあまあ」と、やっと遥佳がこれ以上は拙いと感じたらしく、音と彩葉に間に腕を入れながら二人の距離を離そうとする。
 二人で圧の強い声を出していたから、また遥佳の高い声もしたから、ついに英瑠の耳にも届いたらしい。ついに英瑠が扉までやってきた。
「なに、なに。ちょっと穏やかじゃない雰囲気じゃない。ん?」
 音、彩葉、遥佳の三人に対して威圧するように、英瑠は「ん?」を強めに言った。
「何でもないわよ」クルリと背を向けて中嶋彩葉は自分の席に戻っていった。
「大丈夫。悪かったね英瑠、遥佳」音は二人に謝り、遥佳の肘の辺りを捕まえ二組、三組に帰っていった。
 今日のところは失敗だった。でも、中嶋彩葉の強気な性格だけは分かったし。間近で中嶋彩葉も観察できた。
 あっさり自分の席に戻ったところをみると、争いの引き際、納め時が分かっているらしい。
 一週間から十日ほど開けてまた中嶋彩葉を見に来よう。今日の出会いは悪かったが、お互いに冷静に話せたならば今まで遥佳から聞かされていた
印象、今日の強気な性格の印象と違った面も分かるかも知れないと思った。

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