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アーモンド・スウィート 基之

 加藤基之は誰に対しても優しい、そして正義感の強い男の子だ。しかし、クラスのみんなの前で見せている顔とは違う顔が実はある。もちろん正義感が強く、誰に対しても優しい顔は演技ではない。本当のことだ。
 基之は、人が気味悪いと思うもの、気持ちが悪いと思うものが大好きなのだ。カエルやトカゲのような両棲類、爬虫類が好きというのは可愛いもので、もっとドロドロ、ベトベトした物が好きなのだ。カエルなら腹が飛び出て、目も飛び出ているいるようなヤツ。昆虫を例に取ればゴキブリ、ムカデ、ヤスデなんかが好きだ。テラテラと背中に光沢があり、カサカサと何本もの脚が素早く動くヤツ。Gが家の中、道端を走り廻っている姿を見るだけで興奮する。夜の空を飛び回るGを見るのも好きだ。
 映画も学校の誰もが嫌がるようなもの、ゾンビ映画とかスプラッター映画とか、血が飛び散り肉も飛び散り、画面の半分近くが赤黒く汚れていくような作品が好きだ。ストーリーは特別素晴らしくなくても良い。破綻していても構わない。映画館の座席に座った観客が正視できないような作品、怖い物見たさで入った女の人が画面のヒロインに負けないくらい悲鳴を上げるような作品、最高だ。そんな作品を映画館で一人で見て興奮している。

 正直に言えば、基之も怖い。怖いと思うけど、心臓がドキドキするあの感じが堪らなく好きなのだ。血管の中の血がドクドクと脈打ち、破裂するんじゃないかと思うくらいの恐怖が好きだ。お化け屋敷と噂される廃屋を訪ねるのも好きで、誘っても誰も行きたがらないので一人で行く。一人で行くので怖さが倍増して、またそれがいい。場所に寄ってはラップ音がしたり、カビ臭いほこり臭いにおいの中に、腐った肉の臭い、獣くさい臭いなどが混じっていている。その場に居るだけ、後ろから襲われるんじゃないかとおもうことがある。そういう現場では興奮してニヤけてしまう。実際に起きた殺人事件の現場を訪れるのも好きだ。殺人現場も、一緒の行ってくれる人が居ないのでいつも一人で行く。殺された人の霊でも、怨念を形にした影とか目に出来ないかと毎回期待するけども、まだ一度も殺された人の霊を見たことがない。

 いつの頃から怖いもの、気味悪いもの、気持ちが悪いものが好きになったかわらない。気付けば人が怖がったり、見るのも聞くのも嫌がるものをゲラゲラと見るようになった。怖いけども止められない。よく辛い食べ物が好きな人たちが、「辛くて辛くて、次の一口を入れるの怖いけども、辛い食べ物を食べる箸やスプーンが止まらない」と辛い物を食べる心理を解説してくれているけども、あの気持ちが分かる。基之にとって気味が悪い気持ちが悪いものが、辛い物と同じだ。怖ければ怖いだけいい。口から、もしくはお尻から心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思うような物が一番好きなんだ。

 基之は自分は怖い物知らずだとは思わない。実は高いビルの屋上とか、いまが燃えさかる火事の現場とか苦手だ。あと怖い大人も。いわゆるヤ○ザの人とか、半グ○の人とか、その予備軍のお兄さんたちとか怖いと感じる。
 この世に存在する怖い諸々は怖い、この世に存在するか分からない物は怖くない。作り物も怖くない。人が作った映画、怪談、噂話、造形物は怖くない。気味が悪くても気持ちが悪くても怖くはない。
 地震も怖いし、ツナミも怖い。カミナリも怖い。最近では大雨からくる洪水、土石流。大雪からの雪崩も怖い。「地震、雷、火事、親父」の中で怖いと思わないのは、基之には居ないオヤジだけだ。
 基之の家は母一人子一人の母子家庭。兄弟も居ない。兄か弟、男兄弟が欲しかったと思っていた。11歳の今では、母に相手が居ないと生まれないことを、不確かだが知っている。母に、基之の知らない男の人との間に、知らない間に子供を作られても嫌なので、最近では兄弟が欲しいと言わなくなった。母によれば、父は死んだそうだ。母は、基之の記憶が遡れるかぎり幼い頃まで遡っても、父のお墓参りを行こうと一度も言ったことがない。だから父のお墓がどこにあるのか、本当にあるのか分からない。
 もしかしたら、どこに父は生きているのかもしない。もしかしたら、父と一緒に基之の実の兄がいたりするのかもしれない。分からない。

 きっと、基之は父に会いたいのかもしれない、と思う。
 その姿が、死んでいても、ゾンビでも、骸骨でも。
 怖いけど、会いたいんだと思う。会いたくないけど、幽霊になってしまった父に会いたいのかもしれない。母が、父は死んでしまったと言うから。

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