![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/42238663/rectangle_large_type_2_5ff3e8a5383dd84a8b6d7b2d8db4a536.jpg?width=1200)
コロナ禍の大晦日・深夜の救急搬送
コロナに翻弄された2020年も終わりを告げようという大晦日の深夜、母が心臓発作に見舞われ、救急車を呼ばなければならない状況になりました。新型コロナウイルスの感染拡大で医療崩壊が叫ばれている現在、果たして病院が受け入れてくれるのか? 実際の体験を記しておこうと思います。
前日までは元気だった
前日の夕方、母の体温は36.5度、酸素飽和度98%、血圧や心拍数も正常値でした。母を我が家に招き入れて1年。要介護5ですが、ここ1年心臓に問題はありませんでした。前日私は疲れていたので22:00頃就寝。途中で起きて23:30に母をトイレに連れて行き(その時は母は普通に元気)その後私はまたすぐに眠ってしまいました。
与えられた時間は2分24秒
大晦日 0:37 母の苦しそうな声が聞こえ飛び起きました。心臓が苦しくてニトロペン舌下錠を使用しても発作がおさまらない様子。寝ぼけながらもどうしようか考えましたが、私に出来る事はありません。「救急車呼ぶ?」と母に聞くと頷いたので、すぐに119番通報しました。発信記録では 0:38 36秒間の通話でした。
それからすぐに母の支度をし、母の薬、薬の説明書、お薬手帳、保険証、入院に必要そうな物をバッグに詰め込み、自分も着替えて支度をしました。そうこうしている間も母は苦しみを訴え、気持ち悪いというので背中をさすりながら膿盆を持ち、私自身もパニックになっていました。
通報の3分後 0:41 に救急車から電話がありました。詳しい状況説明、母の生年月日や今までにどんな病気をしたか、薬のアレルギーはあるかなど、矢継ぎ早に質問が飛んできました。冷静に応えていましたが、一緒に住み始めてまだ1年なので分からない事も多く、苦痛でもがいている母にいちいち確認しなくてはならない事もあり、かなり辛い時間でした。電話をしている間に救急車のサイレンが近くなってきて、やがてサイレンが止まり到着したのが分かりました。到着してからも暫く質問は続きました。記録では3分間の通話。119番通報から5分程で救急車が到着した事になります。早い!!!
電話を切って慌てて母にマスクを付けさせ、靴を履かせ、私もマスクをして防護メガネをかけ手袋をして、抱卵中のラッテちゃんが眠れる様に部屋の明かりを消して、玄関の鍵をかけ、エレベーターホールで救急隊員が上がって来るのを待ちました。
思えば 0:37 に飛び起きてからまだ7分しか経っていません。119番通報してからは6分。その内3分36秒は電話をしていたので、実質2分24秒で母の介抱や支度、自分の支度、入院の荷造りまでした事になります。パニックで頭が真っ白になった状態でよく出来たものだと、今から思うと驚きます。
大晦日の救急搬送
救急隊員は7人位いらしたような気がします。しっかり数える余裕はありませんでしたが、みなさん段取りよく動いて下さって、とてもスムーズな流れで完璧でした。救急車が来てくれただけでも泣きそうなほど嬉しかったので、沢山の救急隊員の方々が母のお世話をして下さっているのを見ていると、まるで夢のようでした。
外には救急車の他に赤い車両も止まっていました。母を救急車に乗せ、私も横に座らせて頂きました。自分が救急車に乗る事は何度もありましたが、付き添いは初めてなので貴重な体験です。救急車の中で幾つかの質問の後に時計を見ると 0:45 でした。
救急車の中では様々な検査をしていました。血圧や酸素飽和度は問題なしでしたが、心電図は乱れていたので、母が苦しいのがよく分かります。私にはまたもや次から次へと質問が飛んできます。「コロナの可能性は?」という質問も。「全くありません」と言うと、私を見て直ぐに納得してくれました。N95マスクに防護メガネ+グローブ姿が説得力があったのかも知れません。コロナの可能性が有ると無いとでは、運命が大きく変わると感じました。
まだ救急車は止まったまま。「今、受け入れ病院を探しています」との事。最初は近くのNTT東日本 関東病院に聞いたそうですが、断られたとの事。暫くして「六本木にある心臓血管研究所付属病院に向かいます。10分程で到着します。」と説明がありました。私は内心大喜びしました。心臓を診て頂ける様な大きな病院は、今はコロナで大変な時。心臓の専門病院ならコロナリスクが低いのではないか、その上、心臓血管研究所付属病院は心臓にかけては日本一の専門病院。神さま有難う!!!
大晦日 1:11 病院に到着しました。上の写真は到着した時に取り敢えず撮ったものです。母を救急車から下ろしている僅かな隙に撮ったので写真はアレですが、タイムスタンプで 1:11 に到着したのがわかったので記録は大切ですね。右に見える道路を進むとすぐ右手にグランドハイアット東京、六本木ヒルズがある、そんな位置関係です。超都会の病院!!!
母はそのままICUに運ばれました。私はICU家族待合室に案内されました。取り急ぎ兄や各所にメールで状況を報告しました。病院に入ってからこの部屋に来るまで、病院のスタッフ以外、他の患者さんや患者さんの家族など誰一人会いませんでした。やっぱりラッキーだったなと痛感しました。
上の写真が私が待機していたICU家族待合室です。ここで様々な書類に記入したり母の検査を待ちながら、今までの慌ただしい時間を思い返していました。大晦日の深夜、救急車を呼んでも果たして来てくれるのか? 受け入れてくれる病院があるのか? 最初はそんな心配でいっぱいでしたが、実際には驚く程早く救急車が到着し、予想もしていなかった理想的な専門病院に搬送して頂きました。感動で身震いする思いでした。素晴らしい判断をして下さった救急隊員の皆様、受け入れて下さった病院の皆様、本当に有難うございます!!!感謝の気持ちでいっぱいです。
深夜2時の冠動脈CT
深夜 2:00 頃、「これから心臓血管のCTを撮ります」と説明を受けました。造影剤を投与する為、同意書への署名を求められました。深夜2時に冠動脈CTを撮って頂けるなんて、最先端の病院は凄いなぁ!とまたしても感動した次第です。
3:00 頃、冠動脈CTの結果を説明して頂きました。モニターにはCT撮影したばかりの母の冠動脈が3DCGで表示され、それを回転させて全体を見せて頂きました。母の血管がどういう状況か、手に取るように分かります。何て凄いんだ!!! 母の冠動脈には1箇所、大きくプラークが形成されている箇所があり、その為血管が狭まっているのが原因だと説明を受けました。医師からの説明を許可を得て録音させて頂き、兄への報告書に添付してメール送信しました。今後の方針は翌朝の検査の結果で決めましょうという事になり、私は一旦帰宅しました。
家に着いたのは朝 5:00 頃。8時頃に朝の検査の結果を連絡して下さるとの事でしたのでそれまで眠ろうと思いましたが、あれこれ考えてしまい結局一睡も出来ずに再度病院に向かいました。行きのタクシーの運転手さんが「ここは心臓では日本一ですから良かったですね」と言って下さいました。本当にそれが救いだわと私も改めて思いました。
元旦の病院は静かで、相変わらず病院のスタッフ、医師、看護師以外は誰にも会いませんでした。近くの総合病院は軒並みコロナ患者受け入れやクラスター発生で大変な事になっているのに、ここはコロナとは無縁な感じが漂っていて安心感があります。担当医師からは、心臓の専門病院なので今まで1人もコロナ患者は出ていないと自信に満ちた説明を受けました。
朝の検査の結果、年明けに心臓カテーテル検査を行いそのまま手術する事に。母は暫く入院する事になりました。母と離れてお正月を過ごすのは寂しいけれど、入院していた方が安心だと思うので同意致しました。大晦日はどうなる事かと思いましたが、なんとか命を繋いで新年を迎えられたのは本当に感謝しかありません。全ての皆様に感謝申し上げます。
家に帰ってシャワーを浴び、ラッテちゃんにただいまを言おうと部屋のドアを開けると、部屋のどこにもラッテちゃんの姿が見えません。真っ青になりながらふと振り返ると、ドアノブの上に乗っていました。ドアノブの上でひたすら飼い主の帰りを待っていたのかと思うと、いじらしくて涙が出てきました。
ここまで拙い文を読んで下さり有難うございました。救急車の中で一番役立ったのは、薬の説明書です。走行中の車内では、お薬手帳よりもA4の説明書の方が字が大きくて確認しやすい様に思いました。「今飲んでいる薬は?」と必ず聞かれるので、薬の実物と薬の説明書があれば手っ取り早いと思い持参しました。いつか何かの役に立てば幸いです。
Twitterで状況報告しましたところ、沢山の心のこもったメッセージを賜り、泣きながら読ませて頂きました。どれほど勇気づけられた事か、どれほど癒されたかわかりません。本当に本当に有難うございました。皆様の優しさに心から感謝申し上げます。