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決戦はWednesday

今日は並々ならぬ覚悟で出掛けた。


あの人に会うために。
念願叶って。

約束は。
水曜日に、と。

午後1時から3時の間に。
僕は1時を少し回った頃に伺いますと返事した。

その日は、お気に入りの黒のパンツにカーキのブルゾンを羽織って出掛けた。
シューズは誕生日にもらったnorthfaceのハイカットスニーカー。同じブランドのヒップバッグを斜め掛けにして。

待ち合わせの場に着くと、その人はもうそこに居て。

こんにちは。

と。目を細めて僕を迎えてくれた。
コツリと革靴を鳴らして。
制服は脱いでいて、トレンチコートの下はYシャツとスラックス姿だ。

それだけなのに。

何て格好いいんだろう。

ペコリと頭を下げて。
今日は忙しい中ありがとうございます。
と、お礼をした。
顔をあげると、いつの間にか僕の方が大きくて。

また大きくなったね。

と、誉めてくれた。

いつもよりリッチなファストフード店の
街並を見渡せる二階席。
並んで腰を掛けた。

母から僕の希望する進学先があの人の出身校だと聞いて。
話を聞かせてくださいと、頼み込んだのだった。

どんなにすごい人か知りたくて。
何でそんなに格好いいのかを聞きたくて。
憧れていることがバレるのが恥ずかしくて、必死に考えてきた質問を色々と投げ掛けた。
どんな仕事で日々を過ごしているのか興味もあって、あれこれと聞いたのに、全て応えてくれた。

母への気持ちを露骨に聞くのはデリカシーがないと思って。
母の仕事ぶりや会社での評判を聞いた。

その答え方は。

感情的な表現はないのに。
だけど、僕たちの存在も気にかけていて。

頭の回転が早くて。
なのに、穏やかで、懐が深くて。

雲の切れ間からキリリと日が差した時。
ふと、父と行った真夏の海を思い出して。
あの、太陽と、海風が。
父の愛を溢れさせて。
なんでだろう。

僕はいつの間にか涙が零れた。

少しだけ慌てて。
見ないようにしてさりげなくペーパーナプキンを渡してくれた。

思わず。

あなたが僕の父だったなら。
と。
イケない発言をした。


ありがとう。
嬉しいよ。

垂れた目を細くして。目尻に寄った皺を眺めていたら。

俺があなたのお母さんの夫だったら。
あなたは生まれていないかも知れないよ。
だから、お父さんの事を大切にしてくださいね。

俺も父を早く亡くしたから。
状況が少し似てるね、と。
やさしくて穏やかな声が。


大人の事は大人に任せておけばいい。
子供はいつまでも親の子だから。
自分の思うように、生きたらいいですよ。

それに、あなたのお母さんはきちんと対処してくれますよ。
あなたは不安があるのかもしれないけれど、お母さんは逞しいから大丈夫。

そうして、僕を眺めて。
やさしく。

お母さんに良く似てて、格好いいね。

なんて言うから。

僕は。
もう、言葉が出なかった。

胸に。
母をお願いします。
と決心して来たのに。

もう、母を僕たちから解放してあげたいと思っていたのに。
僕が…

勇んで出掛けたのに、愛の返り討ちに合って。
胸がいっぱいになって。

母は。
あなたと居ることで
良く笑うようになったんです。
カッコ悪い、震える声で。

それを言うのが精一杯で。
それでも。
それだけで想いは伝わっているみたいで。

その人は。
ほんのり耳を赤くして。

ふふふ。

笑って。
素敵ですね。
一言だけ。

そう言った横顔が。
優しくて。
格好良かった。


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