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タイで乳がんになった⑩

海外での闘病を支えてくれたタイの小説を翻訳出版しました。バンコクの路地に暮らす、7人と1匹の24時間を描いた物語。kindleからお読みいただけます。

●先週、私の母の容態が急変しホスピス入院。今回はがんや命について

これまで数回、私自身がタイで乳がんに羅漢し、治療した経緯などを気ままに綴ってきたが今回は先週、全身にがんが転移してしまった90歳の母が遂にホスピスに入ることになり、いろいろ思うところがあったのでそんなことを書いてみたい。

両親が長年暮らした私の故郷札幌。そこで私は生まれ、快活な両親に可愛がられ、学び、遊び、海外に長く住んだり旅をしたり、また忙しく仕事をし、0歳の息子を連れて離婚し、実家に舞い戻ってからも両親にはずいぶんお世話になった。札幌は何といっても気持ちがいい土地なので、私も息子も年に何度も帰省し、両親とおいしい北海道を満喫した。
が、コロナ時期、高齢の両親だけを札幌においておくことはとてもできない、と弟と私が暮らす関東に呼び寄せた。もちろん両親も、もう二人だけで暮らすことには限界を感じていて、札幌で施設に入るより、何かあれば私たち子どもがすぐに駆けつけることができる関東に住みたいと言い始めていたタイミング。今考えても、こちらでの住い探しから、引っ越し、各種手続きを、私の息子を交えた3人が交代に札幌に赴き、一か月ほどで行ったのも両親の体力気力共にぎりぎりの時期だった。
慣れない場所での80代後半からの暮らし、友人がいない、土地勘がない、例えば庭仕事、運動、買い物など、これまでの楽しみがずいぶん制限され、張り合いがないだろうな、というのは予測できたが、気が強い性格の母にはことさらこたえたようだ。たびたび近郊にドライブに連れ出し、おいしい食事をするくらい、日常生活は単調で不自由。気候にも慣れないし、気分の発散どころがない。おかげさまで父は社交的なので施設のアクティビティに参加したりそれなりに楽しくやっているけれど、母がホスピスに入ってからは「もうここには帰ってこないのか」と寂しそう。

●病院通いばかりとなる晩年
母はひどく怖がりで、病院嫌い。万一病気が見つかったら心配でたまらないから、と札幌では健康診断を受けたこともなく、病気には縁どおかった。が、小さく治療してこなかったため、こちらに来てから、年齢による当然の症状で病院にお世話になることが増えた。振り返ると半分は入院生活だったように思う。
そんなときのためにこちらに呼んだのだけれど、こんな毎日になるとはね。
幸い我が家は弟がしっかりしており、マメにきめ細かく、両親のケアをしてくれる。司令官。ときどき「この手続き、姉御がやっといて」と出される指示に、うっかり抜けがあると厳しくチェックが入る。ありがたいやら緊張するやら、情けないやら。いや、ありがたいな。

●今年春にがんステージ4と診断される
そしてこの春、何度目かの不調を訴えた母、胃などに大きながんがあり、既に全身に転移しているため、年齢的にも治療はおすすめできない段階だ、とドクターから伝えられる。これまでプロなみに趣味に打ち込み、全国各地を何度も一人旅し、私たちがバンコク駐在中は、なんと4度も両親揃って遊びに来てくれた。晩年、いつもバンコクは楽しかった、あの大きな魚、ワニにはびっくりした、ドリアンを食べたこと、トゥクトゥクに乗ったこと、バンコクは本当に楽しかったと何度も何度も言い、そのたびに思い出話に花が咲いた。
こちらに来てからの病院通いではマメな弟にいつも感謝していた。
人一倍心配をかけた私たち姉弟だが、まあ、少しは恩返しみたいなこともできたかもしれない。もちろんそれでも全然足りないと感じるけれど。

●命が細く薄くなっていく母
ステージ1の乳がんの治療をした私でさえ、病気になってから生きることと命についてずいぶん考えた。90歳の母、意識も薄くなっており、もう今、どんな心もちでいるの尋ねることはできないが、ベッドに横になって目をつぶっている母のそばにいながら、私は再度、生きること、命について思う。
母はもう緩和治療をしていく日々だ。苦しんで最後を迎えるのはやはり私も嫌だし、母にもあらがわず穏やかに残りの日々を過ごしてほしい、という選択はまだ母が元気だった頃、同意していたけれど、もっと関東で楽しく過ごしてほしかったな、もっと長く一緒にいたかったな、という思いは私の中から消えない。命に限りがあるとわかっていても、別れが目の前にある事実はやはり辛い。
悔いのない人生ってあるのだろうか。
自分を精一杯生きれば穏やかに最期のときを受け入れられるのだろうか。
わからない。
バンコクで私が乳がん治療をしながらの心持ちについてもまたゆっくり振り返りたい。
とにもかくにも、今、私は母のそばにいて母が少しでも安心し、穏やかに日々を過ごせるようにするだけ。そして自分自身は、背伸びしたり無理したりせずに、今をよりよく生きたいな、と改めて強くそう思う。


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