誰かを傷つけたとき、良い文学に触れたとき、誰かから必要とされている人を見たとき、どうも消えたくなってしまう。死にたいんじゃない。消えたくなってしまう。 普段から人に嫌われたくないと強く思っている。嫌われて必要とされなくなったときが怖すぎるからだ。その為だったら相手の欲しがる自分を喜んで差し出す。愚痴を快く聞く自分、いくらでもシフトに入れる自分、ノリが良い自分、相手より貧乏な自分。そうやってたくさんの相手にとって都合のいい自分を作りあげていくと、本来の性格からはかけ離れた
ここに1人、「すくいぬし」という言葉に囚われた人間がいる。 きっかけは1つ、西加奈子さんの「サラバ!」を読んだことだ。ある青年の半生を描いた物語だ。 物語の詳細は割愛するが、この作品のなかで出た大事なキーワードが「すくいぬし」である。 これがただ「救い主」と書かれていたなら、私はそれ以上首を突っ込んで広辞苑を睨みつけたりはしなかっただろう。なぜ囚われてしまったのか、「すくいぬし」だったからだ。 すくいぬし、すくいぬし、妥当に考えれば「救い主」であろう。 「救い主」①すくって