レム・ウィンチェスターの悲劇、ライムライト、静寂の音
夜の帳(とばり)が長く深く垂れ込み始める。頬を撫でる風がまた少し冷たくなってきた。胸に迫る理由のない寂しさ。金木犀の甘い香り。静寂をゆらすレム・ウィンチェスターのヴィブラフォン。どこからともなくやって来て、あてのない闇へと去っていくもの達とすれ違う季節。
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ここ数日、レム・ウィンチェスターの悲劇について思いを馳せている。1961年の1月16日、ジャズバーで彼は33歳の短い生涯を終えた。元警察官でありながら、卓越したヴィブラフォン奏者でもあった彼はライブ出演中にロシアンルーレットで自身の頭を撃ち抜いた。レムが生きていればヴィブラフォン奏者の第一人者であるミルト・ジャクソンと肩を並べていたかも知れない。何を得ようとしたのか?何から逃れようとしたのか?リボルバーに込められた16.6%の賭けに彼は敗れ自ら伝説となった。誰しもが闇を抱えて生きているが、レム・ウィンチェスターの様なライムライトを浴びた人間だからこそ苦悩し続け、抱え込んだ闇は誰よりも色濃かったのかも知れない。
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昨今ではSNSで様々な情報に触れられる一方で、友人や知人の華やかなプライベートを知る機会が増えてきた。他者と自分を比較することで目標を設定するなどポジティブな捉え方ができればいいが、「なぜ自分はこんなにもつまらない人生なんだろう」と思う事も多くなってきた。
だが眩いライムライト(名声)に彩られた輝かしい瞬間だけを切り取っても本質は見えてこない。華麗なる栄光の楼閣は角度を変えて見た時、犠牲を伴いながら堆く積み重ねられた石塔の暁光が射した一部分でしかないことを僕たちは知る必要がある。
そして誰しもが闇を抱えて生きていることを知れば、必要以上に自分を責めなくてもいいことを理解できるかも知れない。
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冷たい雨が降る夜。僕は車を走らせていた。雨は車のヘッドライトに照らされると銀の針の様だった。柔らかな銀の針は僕と僕の闇を縫い合わせるように降っている。僕と僕の闇しかいない夜のドライブ。
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Hello darkness,my old friend
やぁ、僕の中の暗闇
I’ve come to talk with you again
また君と話にきたよ
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僕は、僕の闇にささやいた。
「君から目を逸らしてきたんだ。お近づきにはなりたくなかったな。でも、君は場所や環境を変えてもずっとついてくるんだ。君とはだいぶ腐れ縁になってしまったね。」
「君からは逃げられないようだから、いっそのこと、君とは親友になろうと思っているんだ。」
「君はそのままで大丈夫だよ。」
僕の闇が困った顔して答えた。
「参ったな。君がそんな調子だと。僕は存在が薄くなってしまうんだ。気づいたようだね。僕と君は一生離れられないんだ。だって僕は君の一部だからね。」
「何もそんなに辛辣になる必要はないさ。君以外の誰が君を励ますだろうか?ストイックさを履き違えてはいけないよ。」
「僕は消えてしまうかも知れないけど、もう一度、光の指す方向へ向かおう。」
苦笑しながら、僕は答えた。
「そうだね!君は消えてしまうけど、また君と似たような闇が僕の親友になるだろうね。」
笑いながら、僕の闇が答えた。
「そうだよ。人生ってのはその繰り返しさ。チャップリンだって言ってるだろ。死が避けて通れないように僕たちは生きていく事も避けられないんだ。」
「人生を恐れるな!必要なのは勇気と想像力!」
僕は付け加えた。
「そして、少々のお金だろ笑」