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新型コロナウイルスと野生生物

新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るっている。その対策として、多くの国で外出の禁止や自粛が行われている。その結果どのようなことが起こっているのか、野生生物保全の観点から見てみよう。

新型コロナウイルスが人間に猛威を振るっているわけ

そもそも新型コロナウイルスはなぜ人類を苦しめているのだろうか。ここにも野生生物が関わってくる。コロナウイルスは数あるウイルスの「科」の一つである。コロナウイルス科のウイルスは、ヒトのほか、イヌ、ネコ、ウシ、ブタ、ニワトリ、ウマ、ラクダ、キリン、フェレット、コウモリ、スズメなどから分離されている。今回問題となっている新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の原因であるSARS-CoV-2は18年前に流行したSARSウイルス同様、コロナウイルス科ベータコロナウイルス属に分類され、コウモリやセンザンコウなどから検出されているコロナウイルスとの共通点が指摘されている。初期の感染クラスターと魚市場との関連性や、広東に密輸されたセンザンコウからSARS-CoV-2に似たウイルスが検出されていることから、ウイルスが変異し、動物からヒト、ヒトからヒトへうつるようになったのではないかと推測されている。

ヒトがいなくなった街や観光地でのびのびとする野生動物

 COVID-19の感染拡大対策として、世界各地で外出の制限や自粛がなされている。それにより閑散とした街や観光地でのびのびと過ごす動物たちの姿が話題になっている。
 イギリスではロックダウン1週目に車両交通量が75%減少し、ロードキルも減ったと考えられる。
 イスラエルのハイファやスペインのバルセロナではイノシシが街へ出てきて食糧を漁っている。

 ウェールズではカシミアヤギが町を闊歩し、庭の花や生垣に舌鼓を打った。
 ベネチアでは有名な水路から船が減り、水は透明度を取り戻し、小さな魚の群れやカニ、カラフルな海藻がみられている。鵜が魚を採ったり、カモが巣を作ったりする様子も観察されている。
チリのサンティアゴではピューマが街に迷い込み、自然に返されるなどしている。
 トルコのボスポラス海峡では、24時間往来していたタンカーや船が通らなくなった影響で、海岸近くまでイルカが来るようになった。

 アルバニアでは近隣の工場の休業や道路の渋滞がなくなったことで、飛来するフラミンゴの数が増えている。普段は50,000人/月の観光客が訪れる国立公園では、85組のペリカンが繁殖しており、静かな公園内で劇的に数を増やしてくれることが期待される。
 タイでは観光客が来なくなった国立公園でジュゴン30頭の群れが確認された。人気の観光地であるプーケットからも観光客が消え、絶滅危惧種のオサガメが産卵に訪れている。ここ5年間産卵がなかったが、今年は過去20年間で最も多い11か所での産卵が確認されている。
 アメリカのフロリダでもビーチのプラスチックや人工照明の影響が減って、ウミガメの繁殖に良い影響がみられている。
 カリフォルニアにあるヨセミテ国立公園では、クマやコヨーテが羽を伸ばし、南アフリカのクルーガー国立公園では、閉鎖され人が来なくなった道に寝そべるライオンの群れが話題となった。

新型コロナウイルスの被害を受ける野生生物

 人が出歩かなくなり、良い思いをしている動物ばかりではない。ヨーロッパのハトは餌やりや食べこぼす人間がいなくなり、餓死の危機に瀕しているし、ロードキルが少なくなったイギリスではカラスなどのスカベンジャーは食べるものに困っている。
 日本でも新型コロナウイルスの野生動物への影響が報告されている。世界自然遺産の知床では、4月以降新型コロナウイルス対策で周辺のコンビニなどのゴミ箱が撤去されてからゴミの投棄が目立っている。その影響か、プラスチックの袋をくわえたヒグマや、プラスチックの袋が含まれたヒグマの糞が目撃されている。

 もっと広い視野で見てみると、野生生物への被害はこんなものではない。上記のような都市化が進んだ国ではなく、失業者への社会保障制度が整っていない国や、近くに利用できる自然資源が多く残る国では、コロナ禍により減った収入の穴埋めに自然資源を乱用する者も出てくる。また、そうした自然環境を活かした観光業を生業としている人々も世界的な移動制限や国境閉鎖、外出自粛などにより大きな打撃を受けている。
 その結果起こっているのがレンジャーの減少による密猟や違法伐採の増加だ。特に私立の保護区では収入の大部分を観光に頼っているため、一部職員の解雇や給与の削減をせざるを得なくなっているところもある。
 ケニアでは保護区の2/3が私立であるが、コロナ禍により密猟の監視や観光地でのサービス業を担うスタッフを削減が行われている。タンザニアのEnduimet野生生物管理区域 では、10/35人の密猟対策職員が解雇された。それにより、脆弱化した警備体制のすきを狙い、密猟が増加している。象牙やサイ角のための希少動物の密猟もさることながら、移動制限や収入減少により手に入りにくくなったたんぱく源として、自分たちが食べる、もしくは近隣住民に販売する食肉 (ブッシュミート) のための密猟が増加している。南アフリカではロックダウンの1週目に7頭のサイの殺害が報告されている。
 南アフリカなど、一部ではロックダウンに伴う警察の警備の増加などの影響か明らかな密猟の増加がみられていない地域もあるが、世界的に密猟の報告数は増加している。レンジャーのパトロールの減少に加えて普段たくさんいる観光客の目という抑止力がなくなり、密猟者が大胆になっているとみられる。ケニア北部では、1年以上ぶりに4月に40歳のゾウが象牙目的で密猟にあった。ボツワナでは3月に絶滅寸前のクロサイが少なくとも6頭殺されたため、残りのサイを別の場所へ避難させた。
 アフリカだけではない。南米では、コロンビアのロックダウンに伴いジャガーやピューマなどの大型ネコ科動物の密猟が報告されている。バングラデシュでも、医療用に脂肪などの需要があるカワイルカが内臓を抜かれた状態で発見された。
 アマゾンでは、コロナウイルスの感染予防のため、森の違法伐採者等の見回り回数や人数が減らされ、ソーシャルディスタンスの一環として原住民の土地や保全区域への立ち入りが禁止されているが、人目がないのをいいことに違法伐採や違法採掘が行われているのではないかと言われている。実際、1-3月には、昨年の同じ時期と比べて森林破壊が51%増加した。
 世界の既知の生物種の10%が生息すると言われているアマゾンの伐採が進めば、生物多様性への影響は無視できない。さらに、5月からの乾季を控え、森林火災が拡大する可能性も増大する。900-1400億トンの炭素を貯めているアマゾンが燃えれば、地球温暖化への影響も心配だ。熱帯雨林の破壊が進めばヒトと野生生物の接触が増え、新たな人獣共通感染症のリスクも増加するだろう。

 密猟対策以外の観光関係の失業者も問題になっている。アフリカではサファリロッジの運営や村のツアー、伝統工芸品の販売など、エコツーリズムプロジェクトを通したものを含め、2000-3000万人が観光業から直接、もしくは間接的に裨益している。こういった住民が今まで砂漠化や密猟から環境を守ってきていたが、コロナ禍で観光業がストップし、収入の減少に耐えかねて犯罪組織に手を貸してしまうことが懸念されている。密猟組織等は生計を立てられなくなった住民に付け入り、そこで働く彼らの知識を用いて希少動物の密猟や木々の違法伐採を行わせている可能性がある。特にサイの角などの市場価値を知らない住民が食べていくのに十分なだけの安価で雇われ、サイやゾウの密猟を行わされていることが危惧される。

 新型コロナウイルスが直接野生生物に危害を与える可能性も示唆されている。実際にニューヨークの動物園では飼育員からトラへ感染したことが確認されている。同動物園では他のネコ科動物6頭も同様の症状がみられ、感染が疑われている。研究ではネコからネコへ感染することも報告されており、動物での重症化リスクはまだ不明だが、野生でも感染が広がる可能性はあるだろう。ヒトに近い類人猿への感染も懸念されている。マウンテンゴリラで有名なルワンダやコンゴ民主共和国では、SARS-CoV-2がゴリラに感染し、重症化するリスクを恐れて閉鎖された国立公園もある。IUCN (国際自然保護連合) はコウモリに関わる野外調査の自粛も呼び掛けている。コウモリは受粉や種子の運搬、食虫など、生態系でも多くの役割を担っているが、SARS-CoV-2がヒトからコウモリにうつり、重症化するリスクもあるからだ。さらに、コウモリ-コウモリ感染が成立すれば他の野生生物への伝播やヒトへの再感染も考えられる。

ワンヘルスと野生生物取引

 ワンヘルスとは、ヒトの健康が動物の健康や環境と関連しているとする考え方で、各分野に関わる人が、ローカルからグローバルまで様々なレベルで、横断的に、協力して課題解決に取り組むべきだとするものである。

 COVID-19と武漢の魚市場の関連性を踏まえ、中国では、人工繁殖個体も含め、家畜に指定されている動物以外の野生動物の消費(食用利用)や取引が禁止された (ただし医薬品としての取引は規制対象に含まれない)。東南アジア諸国でも野生生物を扱う市場は注目を集めている。インドネシアでは人気の観光スポットだった野生動物マーケットを訪れる人の数が減っている。バリのサトリア市場ではコウモリからサル、熱帯の鳥、ヘビ、魚などあらゆるものを扱っているが、週末には国内外からの観光客であふれていたその市場も、先日の土曜日にはガラガラであった。

 野生動物の保全団体などはこれを機に野生動物の商業取引を全面禁止し、市場をすべて閉鎖するようインドネシア政府に働きかけている。実際にはそこまでは達成されていないが、市場における感染拡大の予防措置や、センザンコウを保護対象の動物に含めるなどの野生動物の取引を抑制するような措置が取られている。その他、エキゾチック動物の取引を削減するため、コウモリやイヌの肉に代わり鶏肉や牛肉の販売を推奨する、市場の開場時間を短縮する、消毒薬を毎日散布する、外部からコウモリやヘビ肉が持ち込まれないよう警備体制を整えるなどの対策が取られている。実際、最近の報告では、北スラウェシのトモホン市場におけるコウモリなどの野生動物の肉の取引が30%減少したとされている。中国人相手の象牙市場が近年増加しているカンボジアでも、政府が保全団体と協働して野生生物やその製品の違法取引の取り締まりを強化し、多くの野生生物製品が押収され、土産業者に違法な野生生物製品の取引をやめるよう指導している。
 これらの施策が一時的なものとならないよう、世界各国が協働していく必要がある。

ポストコロナの野生生物保全

 今回のパンデミックを乗り越えて、教訓にして、今後の野生生物保全を考え直す必要がある。

 今回大きな問題として露呈したのは、観光に依存した野生生物保護区の運営である。ケニアをはじめとしたアフリカ諸国では、野生生物資源を売りにした観光業が重要な産業となっている。観光業はアフリカ経済の8.5%を支え、2400万もの雇用を生み出している。ケニアではコミュニティ保護区では現地住民4800人を雇用し、70万人以上のコミュニティメンバーが裨益しているとされている。ルワンダやボツワナでも同様の傾向がみられる。これが、今回観光業が打撃を受けたため、30年以上政府やコミュニティが守り、増やしてきた野生動物が危機にさらされている。しかし、野生生物とともにこのコロナ禍を乗り越えないと、パンデミックの収束後も観光業の復活が見込めない。野生生物がいなければ観光業は衰退するし、観光業が生み出す資金により野生生物が保全される共生関係にあるからだ。再び観光ができるようになったときに回復できるように、力を合わせ、自然を守ってコロナ禍を乗り越えなくてはならない。密猟によって得られる一時的な、一部の権力者に独占されてしまうような利益よりも、生きている生き物がコミュニティにもたらす利益の方が大きいということを念頭に置き、このような危機的状況においても住民が正しい判断ができること、そのために政府が地元のコミュニティをサポートしてくれることを期待する。また、今後のより持続可能な保護区運営のために、一部の保護区が行っているような牧畜民への土地貸しなど、観光一本頼みではない資金調達方法を考えることが必要である。

 観光を含めた移動の再開時には、野生生物の違法取引にも注意が必要である。コロナ禍で移動が制限されているため、象牙やサイの角、センザンコウのウロコなどが普段中国人の顧客を相手にしているベトナムやラオス、カンボジアに備蓄されていることがわかっている。空港の稼働や国境を越えた移動が再開された際には、野生生物が違法に輸送されていないか、国を出入りするものの厳重なチェックが求められる。

 OIE (国際獣疫事務局) は、今回のCOVID-19のパンデミックを踏まえ、野生動物取引にしっかりとしたガイドラインを制定し、新興人獣共通感染症の将来的なリスクを抑えたいとしている。野生生物の取引は動物の健康や福祉に対する脅威となるだけでなく、生物多様性の減少や公衆衛生上の問題を引き起こす可能性がある。野生動物取引がコミュニティの重要なたんぱく源や収入源、生計を担っている場合もあることから、しっかりとした指導や基準、リスク評価やリスク管理の手法を制定することにより、合法で持続可能、責任を持った野生生物の利用を支援していくという。それにより、将来的なパンデミックの予防、自然資源の保護、種の保全、経済活動の併存を目指す。

参考文献

The proximal origin of SARS-CoV-2 (Nature Medicine)
Coronavirus: Wild animals enjoy freedom of a quieter world (BBC)
Thailand's rare sea turtles are having a baby boom in the pandemic (World Economic Forum)
Coronavirus: The wildlife species enjoying lockdown (BBC)
'Nature is taking back Venice': wildlife returns to tourist-free city (The Guardian)
Nature’s comeback? No, the coronavirus pandemic threatens the world’s wildlife (The Conversation)
Poaching threats loom as wildlife safaris put on hold due to COVID-19 (National Geographic)
Pandemic poachers aim to make a killing (RTÉ)
Brazil: coronavirus fears weaken Amazon protection ahead of fire season (The Guardian)
トラが新型コロナウイルスに感染、ペット以外で初 (National Geographic)
新型コロナ、ネコ同士で感染 東大チームが確認 (日本経済新聞)
IUCN SSC Bat Specialist Group
Wet markets selling wildlife – birds, monkeys, bats and more – go quiet in Indonesia amid coronavirus pandemic (South China Morning Post)
Dangers lurk for China’s ban on the wild animal trade (South China Morning Post)
China bans trade, eating of wild animals in battle against coronavirus (South China Morning Post)
中国、野生動物取引の即時「全面禁止」を宣言 (AFP)
Traders are stockpiling ivory, rhino horns in SEA (The Phnom Penh Post)
知床 プラスチックの袋くわえるヒグマ目撃 コロナ対策影響か (NHK)
One Health Basics (CDC)
Wildlife Trade and Emerging Zoonotic Diseases (OIE)
Covid-19: Let us put emphasis on risk management (Kenya) (Journal of African Elephants)

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