岩政鹿島の現在地と6つの課題。
今回は少し長めに、岩政大樹監督率いる鹿島アントラーズの今後について真剣に書いてみたい。
テーマはこのように分類した。分量が多くなるので気になる所だけでも読んで頂けると幸いだ。
1.岩政監督の「連動・連携・連続」
まず、岩政大樹監督が見てる景色をイメージしたい。
彼が攻撃面のキーワードに掲げているのは「連動・連携・連続」である。※2023年イヤーブックより。
選手が能動的に、そして連続的に動いてゴールに向かっていくプレーの志向。私はそう解釈している。
守備面においては「ハードワーク」「妥協なき献身」をキーワードに掲げており、そしてその攻守の繋ぎ目を無くしていく「シームレスなフットボール」も一つの合言葉としている。
今回は攻撃について特筆するが、実際に練習を見ていても攻撃面における「連動・連携・連続」を意識したトレーニングセクションが設けられている事が多い。
このサッカーが重視しているポイントは、端的に書くと以下のような点が挙げられる。
斜めの立ち位置+レイオフ(=落としのパス)
3人目の動きの連続
1つ目の「立ち位置+レイオフ」は文字通りである。ボールホルダーに対して斜めの立ち位置を取りながら、縦方向のパスが入ればレイオフ(落としのパス)を入れてボールと人を循環・前進させていく。
なぜ斜めの立ち位置が重要かと言うと、角度をつけない立ち位置よりも相手ゴールに向かうアングルをつけやすい事や、相手守備者に対して位置的な優位性を作りやすい為である。
※この辺りは岩政さんの著書にも書いてあると思うので詳しく知りたい人は読んでほしい。
2つ目は「3人目の動き」の連続である。3人目の動きでオーバーラップを多用するというよりはアンダーラップを利用しながら、より直線的にゴールに向かうパターンの習得を目指している。
※もちろんオーバーラップのパターンもトレーニングしているため「場合によって使い分けよう」というイメージで岩政さんはトレーニングを指揮している。
これらの意識を植え付ける事で、岩政監督以前の鹿島では偶発的にしか起こらなかった組み立てや崩しのパターンを、このチームでは意図的に起こしていこうという狙いなのだろう。
また、岩政さんを理解する上で重要なのは「判断は選手の特権」という思想である。
岩政さんは動きのパターンを提示する事はあっても、そのパターンを実行するか否か、どのパターンを駆使するかは選手の判断に委ねている。
例えばビルドアップの段階では、「飛ばしてもいいし、繋いでもいい(相手次第である)」というスタンスを常に保っている。
「繋いでいる」「ロングボールを蹴っている」などの「黒か白か」という視点で岩政さんのサッカーと向き合うと本質を見誤る可能性がある。
彼のサッカーはグラデーションであり、その上で全局面でゲームを支配するのが彼の理想であるはずだ。
2.その進捗
さて、問題はその進捗である。
私の所感では、攻撃面に関しては進捗は良くない。
岩政さんが監督に就任してから1年が経過するが、チームが習得しようとしている攻撃のパターンが武器と言えるレベルには到底達していない。
チャンスシーンを見ていても、「この選手達なら岩政さんが監督じゃなくてもこれぐらいは出来るだろう」というシーンは多い。
ただ、部分的にゲームの中で「チームの意図が見える」瞬間はある。それは主に樋口・仲間・名古といった選手がピッチに立っている時に体現される事が多い。彼らを中心に、トレーニングで仕込んだ連携のパターンがピッチの中で表現されているシーンもいくらか見られる。
「連動・連携・連続」の中心には彼らがいる。
現時点でのチームの攻撃の進捗を、東京駅からカシマスタジアムのバスの道のりで例えるならば、まだ都内にいるくらいの進捗だろうか。
一応カシマスタジアム方面には進んでいるが、あまり進んではいない。というのが私の印象だ。
一方の守備はどうだろうか。
守備に関しては一定の成果が出始めている。
ボールを奪いにいく守備に関してはまだ不安定さがあるが、ゴール前でブロックを作る守備に関してはリーグ内でも随一の強さを見せている。
他のJ1クラブの守備を見ていても、鹿島と比肩する守備力を誇るチームは浦和くらいだろうか。J1上位チームと比較してもブロックを作った時のゾーンディフェンスの内容はかなり充実している。
その中心には植田直通という日本屈指のエアバトラーと、伸び盛りの万能型・関川郁万がいる。またディエゴピトゥカが味方と連動して危険なゾーンをいち早く埋める動きも円滑になった。
個の力に依存してる部分は多いものの、ブロックを作った状態においては選手たちも自信を覗かせている。
ブロックを作る守備に手応えがある一方で、ボールを奪いにいく動きがやや鈍くなってしまったのも事実である。守備におけるネクストステップは、より相手ゴールに近い位置でボールを奪う方法の構築だろう。
3.課題と弱点
現時点でのチームの課題と弱点は何だろうか。
私が感じている課題をいくつかの項目に分けて挙げていく。
※ここがメインパートでなので長め。
課題①テンポやスピードを意識するあまりに不正確
ひとつ目の課題はシンプル。
チームとして「連動・連携・連続」を意識して、レイオフから3人目、のようなパターンで進めそうな時にどうしてもテンポ優先で不正確なボール処理になる事が多い。
特に練習を見ていても「パススピード上げよう!」とコーチが伝える場面は多いものの、その意識が先行し過ぎているのかプレー自体が不正確になっていて不用意にボールを失うケースが見られる。
「ここはレイオフから3人目でイメージ通り動けてるから本当はワンタッチで出したいけど、ミスの確率も高いから一回コントロールして正確にプレーしよう」という意識でプレー出来ている選手は、ピトゥカと優磨くらいだろうか。
多くの選手はテンポ優先になっている事が多く、ボールのコントロールへの意識が弱い。
これはトレーニングにも問題があるなと感じる事が多く、鹿島の練習は「連動・連携・連続」を意識するあまりにテンポを急ぎすぎる。
「連動・連携・連続」と「正確なプレー」は両立できるはずで、ゲームの中で緩急をつけて自分たちで武器をコントロールする。そこを目指す事が次のステップになるはずだ。
課題②ネガティブトランジションの配置
ボールを奪われた瞬間の守備配置、これも課題だと感じる。
「連動・連携・連続」のメリットと表裏一体なのだが、今の鹿島は、鈴木優磨が1.5列目でボールを受け、2列目が追い越し、場合によっては3列目のボランチもボールホルダーである優磨を追い越してポジションをローテーションする。
課題は、「追い越す選手」が発生した時にトランジションが起きたケースである。その時の配置のデザインが今の鹿島は良くない。
例えばペップ・グアルディオラのサッカーでは、ネガトラが発生した時の逆算から攻撃の配置を考えている節がある。
つまり、「いかにすぐボールを奪い返しにいける配置で攻めるか」「いかにカウンターを食らいにくい配置で攻めるか」という逆算から攻撃の配置をデザインしている。
一方で鹿島は、選手が個々の判断で追い越し、配置をローテーションをしていく。
その瞬間にミスが発生しトランジションが起きた時、即時奪回しやすい配置になっていないケースが多い。(課題①で書いたように、今はまだミスも発生しやすい)
例えば本来守備における”へそ”の位置にいるはずのボランチがFWを追い越している時は、チームの”へそ”がガラ空きの状態でカウンターを食らう。
今のところネガトラにおいては、仲間隼斗ら献身的な動きをする選手がいち早く”穴”を察知してプロフェッショナルファウルをする事によって防いでる場面も多いが、それはあまり有用な戦術とは言えないだろう。
事実、仲間ではない選手がSHとしてピッチに立つと弱点が現れやすい。
記憶に新しい所で言えば、FC東京戦で安西が退場したシーンなんかは配置の悪さが現れたシーンだろう。現在の鹿島は存外にこのようなシーンが多い。
課題③走らなければいけないサッカーだが……
岩政さんが掲げる「連動・連携・連続」を高レベルで実行するには、どうしても最低限の走力は必要である。また、現状ロングボールを多用する事もあり、そのこぼれ球に反応し続けるためにも走力は必須である。
戦い方の特性上ポジションをローテーションする場面も多いため、配置に穴が空かないように動き続けられる選手は重要になる。
樋口が重宝されているのは、この面が大きいだろう。(勿論プレースキッカーとしての重要性もある)
しかし、今の鹿島はあまり走れるチームではない。
データを見ても、今年の走行距離はJ1の中で14位である(7月時点)。むしろあまり走れないチームである。
あまり走れないチームが、ある程度走ることを必要とするサッカーを志向している。これは矛盾と言ってもいい。
他のチームを見渡せば、例えばガンバ大阪も鹿島と同程度の平均走行距離だが、ガンバは走る事を必要とするサッカーを志向しているわけではない。むしろなるべく最低限の移動で、ボールを走らせるデザインをしているチームである。志向とデータの矛盾は感じない。
本当の意味で「連動・連携・連続」を高レベルで実行するならば、鹿島の選手はもっと走れなければいけないと思うし、走れる選手を選別して起用していかなければ理想と結果を共に手にするのは難しいと感じる。
※もちろん走らなくて済むなら走らないのがベストだと思うが、岩政さんのサッカーは今のところそのようにはデザインされていない。それで勝つならば最低限は走らなければいけない。
課題④サーキュレーションと植田直通の組み立て
課題①②③と密接に絡む課題として、DFラインでのサーキュレーション(=前方へのパスを伺うためのボール循環)を苦手としている点が挙げられる。
ボランチ⇔DFライン⇔GKによるサーキュレーションで時間や間を作り、縦に差し込むタイミングを伺う。それがメリハリを持って走るチームの休止の時間にもなるし、ネガティブトランジションで不利にならないよう配置や距離感を整える時間にもなる。FWが相手と駆け引きをする為の時間にもなるだろう。
そのサーキュレーションを今の鹿島は得意としていない。
鹿島は歴史の中でもサーキュレーションを意識してこなかったチームで、今のチームがそれを苦手とするのも無理はない。
鹿島の歴史の中では唯一ザーゴだけがサーキュレーションに対する意識を持っていた監督のように思うが、彼がサーキュレーションの中心に据えた犬飼智也はもういない。
ザーゴ以外の監督は全員ほぼ手をつけてこなかった分野だ。
サーキュレーションでは、相手の組織にギャップができるまで辛抱強くパスを循環させ、スイッチの瞬間を見つけるのが鍵となる。
今のチームでは早川と広瀬がボール循環のキーマンになってくれているが、全体のレベルはまだまだと言える。全局面を支配するにはここの進化は必須、いや真っ先に取り組むべき課題だろう。
その中でも、ハッキリと書いてしまうと植田直通の組み立て(ビルドアップ)は”新しい鹿島”を作っていく上でのネックになっていると思う。
植田直通は前述の通り、リーグ屈指のエアバトラーであり国内最強クラスのCBである。その守備力に疑いの目を持つ者は少ないだろう。彼より跳ね返せるCBはJ1にはいない。
一方でボール保持における組み立てやサーキュレーションに加わる事は不得意である。彼は旧来型のCBとしては最高峰だが、今の時代のサッカーが要求する攻撃のスキルを持っているかと言われると、そうではない。
監督によっては、まずチームの攻撃の意識を変えるならば植田直通を真っ先に替える監督もいるだろう。それくらいCBの組み立ての力やゲームコントロールは現在のサッカーでは重要だ。
今の鹿島がイタズラに体力を浪費して終盤にパワーダウンしてしまうのもCBのゲームコントロールの力による所が大きい。
重要なシーンで走りきる為に、休める時はチーム全体でペースを落とす必要がある。しかし植田直通の組み立てはあまりに早急で、ダイレクトすぎる。相手に簡単にボールを渡してしまう機会が多く、チームに休止の時間を与えられない。
とはいえ、何度も書くが彼は最強クラスのCBである。結果を求めるなら起用しないわけにはいかない。
この兼ね合いが、岩政さんの鹿島の攻撃面の進捗の悪さとも深く関係していると感じる。
チームには予算が限られており、”なんでも出来る”という選手を獲得するのはほぼ不可能だ。みんなそれぞれに得手不得手があり、それを組み合わせて理想と結果を求めるのがチームビルディングである。
(例えば、サーキュレーションの動きを得意としていた犬飼は個人の守備能力においては植田直通には遥か及ばない。そういう事である。)
直近は、植田を起用しつつ周りが彼の不得手をサポートして、チームとしての成長と結果の両方を目指していく形にはなるだろう。
もし今後の鹿島がドラスティックに進化するタイミングがあるとすれば、この課題に対する一つの形が見えた時なのではないだろうか。
サーキュレーションの進化が、現在のチームの課題の多くを解決する糸口になる可能性すらあると思う。
課題⑤鈴木優磨の仕事
鈴木優磨は名実ともに鹿島のエースと言っても過言ではないし、チームで最も結果を残している。「彼を輝かせる」という事はやはりチームにとって重要になるだろう。
しかし、優磨のコンディションやテンションにチームの結果が影響を受けやすいというのは、鹿島の一つの課題でもある。
トラッキングを見ても今年の優磨は去年より走れてないゲームが多いのも気がかりだ。(90分で10kmも走れてないゲームが多い。昨年はそうではなかった。)
課題③で書いたように、ある程度は走らなければ真価を発揮できないチームで運動量が上がらないのは、チームの攻撃面の停滞の一つの要因になっているように感じる。
スタミナを最後まで持たせる為にあえて運動量を落としてる可能性もあるが、それはそれで相手にとっては脅威ではない選択だ。
また、優磨を経由する攻撃はスピードダウンする事が多いのも事実ではある。チームの最高速度を優磨に合わせなければいけない瞬間は1試合で何回か見られる。
ただし、課題①で書いたように優磨がテンポを落として正確にプレーする事でチームが助けられてる側面もあるので、この辺りは表裏一体。
現象としては、川崎フロンターレが家長を経由すると必ず家長のテンポになるのと近いだろう。
チームとして許容するレベルの話なのかもしれない。
現在、優磨を輝かせるためのひとつの解となっている起用法は、垣田と優磨の2トップ併用である。この併用は結果が出ている事が多いし、優磨が輝く瞬間も多い。
垣田は優磨が仕事をするためのスペースを空けてくれるし、優磨が担う泥臭い仕事(長いボールに対する競り合いやポストプレーなど)を率先して引き受けてくれる。その分優磨はゴール前の仕事にワンテンポ早く移る事ができる。
ユースから組んでいる相性もあるだろう。優磨との補完関係が良好なのも頷ける。
今後の鹿島は、垣田と組む以外のパターンでも優磨をもっと有効に活用する術を見つけていってほしいし、あるいは優磨がいない時でも攻撃のスケールが落ちにくいチームになってほしいと思う。
課題⑥ドリブラーの組み込み
藤井と松村をチームに組み込む。これは2023年の後半になんとかチームとしての形を見つけたい。明確な課題と言える。
この課題も前述の課題と複雑に絡み合っている。
現在の鹿島は「連動・連携・連続」を志し、動的に選手の配置が変わっていく。その中で2列目の選手に求められる仕事は、2列目に下がる優磨とローテーションして最前線に顔を出す事や、こぼれ球に体を張ること、また時にはボランチの位置で組み立てに絡む事だ。
しかしドリブラーの藤井・松村はそこに個性を持っている選手ではない。彼らの個性を発揮しやすい土壌をチームとしても整える必要がある。
今の鹿島はカオスの瞬間が多く、ドリブラーが自分の武器を見せるには厳しい状況である。
その為にも、チームとしてボール保持の際の配置をある程度整える事(固定する事)や、課題③で述べたサーキュレーションによる辛抱強い攻撃リズムの醸成は必要な作業になっていくだろう。
高いレベルに行くほど、アタッキングサードの個の力は重要になる。勝利のバリエーションを増やす為にも彼らを組み込めるようなチームになってほしい。
最後に
長くなってしまった。ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。
今の鹿島はゆっくりオンザピッチの進歩を目指しながら、結果も求めているチームである。
もろもろ書いたが、私は正直、鹿島アントラーズは理想のフットボールの形を追い求めるチームではないとも思っている。
サーキュレーションサーキュレーションと書いたが、別にFWに蹴っ飛ばして優勝できるならそれでも構わない。(現実的には難しいとは思うが)
監督としても、予算と時間が有限の中で全てを理想まで導くのは現実的ではない。
どこかは割り切っていく事になるだろう。
岩政さんはどこを割り切って、どこにこだわって結果を出していくのか、選手を躍動させるのか、という部分にも注目しながら中断明けの試合を応援していきたい。
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