新婚1年38歳、癌になる! #006
総合病院というのは、受付にいくにしろ各病棟にいくにしろ、いたるところで診察券を要求される。まるでアトラクションに並ぶたびにパスポートを提示させられる遊園地のようだが、これも安全な医療行為を行うためには仕方がないのだろう。唯一遊園地より優れている点を挙げるとすればトイレに並ぶ必要のないことである。
総合受付で紹介状を渡し書類に一通り記入が終わると内科の受付に行くように案内された。そして内科の受付を済ますと今度は内科2の前で待つように指示される。
このパターンは知っている。次はきっと内科2.01に案内されるのだろう。
順調に受診へ向かって進んでいるのか。細かな移動が続き、選択肢を間違えると総合受付に戻ってしまうゲームブックの世界に迷い込んだかのような錯覚に陥るが、しばらくして診察室に案内される。
若いドクターだった。クリニックから送られてきた検査結果を見て間違いなく癌であると言った。胃カメラと大腸カメラは後日の予約を取って、今日は血液検査・レントゲン・造影CTを行うことを告げてくる。
これに嚙みついたのが妻である。正しくは噛みついたわけではなく疑問を口にしただけなのだが、ドクターの返しも良くなかった。
事の顛末はこうだ。妻は、造影CTを行うことに対して陽電子放出断層撮影いわゆるPETでなくて良いのかという質問をした。それに対し、今回は病巣もわかっているので造影CTで十分であるという返事が返ってきた。
これで終わっていれば平和に終わっていたのだろうが、追加の一言が余計だった。ネットかどこかで得た情報なのでしょうが。この言葉を切っ掛けに部屋の気温が下がるのを感じた。
確かに専門外の人間が付け焼刃を得たところで、専門家から見たら溜息の出るような内容なのだろう。俯瞰的に話を聞いていた私も、この言い方は相手を小馬鹿にしているように聞こえるのではと心配したので、言われた本人は胸に釘を打たれるほどの衝撃があったに違いない。
事なかれ主義の私は沈黙に徹した。妻も最低限の常識は身に着けているので事を荒立たせることもなかった。しかし、心の中で貴乃花を彷彿とさせる鬼の形相をしていたことは間違いないことだろう。
そして、これで終わらないのが妻である。後日、知り合いのドクターに内科の先生を紹介してもらい今回の治療方針で問題ないのかを確認しにいったのだ。
結果として何事もなく終わったのだが、医者を無料で小間使いにする妻の行動力は恐ろしいものである。医者の不用意な一言が他の医者を走らすことになるのだ。世のお医者様はご注意いただきたい。
この日の検査は新たな異常も見つからず、二回目の胃カメラの日を待つことになった。