第五十六話 別れの時
タマン ネガラの滞在も、今日で終わり。
いよいよ、おチビとの別れをしなくてはならない。毎度の事ながら、これは本当に辛い。
凄く懐かれていたからこそ、余計にだ。
おチビは「行っちゃ嫌だ」と大粒の涙を流してながら、ずっと泣いている。
「私も東京に行く」と僕から離れない。
お母さんに抱えられ、 大泣きしながら、ボート乗り場まで見送りに来てくれた。
車も入って来ないこの場所。
まだ小さなおチビにとっては、ここが自分の世界の全て。外には街があって大きなビルがあって、沢山の人が居るなど知らない。
そこに突然やってきた日本人が唯一、外の世界の繋がりだった。
僕はここでお世話になったみんなに別れの挨拶をして、ボートに乗り込んだ。
また、いつか会える日はあるのだろうか?
実は今、ここは山が削られ開けた土地になり、そして道になり、小さな町となり、僕が泊まっていた宿も無い。
だから、多分、この家族も居ない。
きっとアリスも来ないだろう。
みんなどうしてるだろうか?
ここでは本当に良い人達に恵まれたし、沢山の不思議な体験、色々な動物との出会いがあった。
こんな経験は人生において、何度あるのだろうか?
旅とは出会いと別れの連続だけど、期間が長くなればなるほど、別れは辛い。
暫くボートに乗って色々な思い出を振り返っていた。
「結局、見た動物は猿だけでしたよ。。」
隣で浅野さんはボヤいていた。
彼にとっては、決して満足とは言えないジャングル滞在だったようです。
ボートは岸を離れ、再び来た川を今度は下流に向かい進む。
さて、ボートを降り、バスに乗り込み、今度は再び人間達のコントロール下にある「街」というものに戻った。
マレーシアの東海岸からシンガポールに行った時と同じように、何か少し違和感を感じる。まったく自然の音以外は聞こえてこなかったジャングルでの生活から一転、都会の喧騒の中へ。
あの経験は夢だったのか?
現実にある世界とのギャップを感じる。
「これ、もし日本に戻ることになったら、更に違和感ってあるんでしょうね?」
僕は独り言とも、相手に語りかけるともとれない口調で言う。
「でしょうね。ていうか、帰る気あるんですか??」
と浅野さん。
「いや、まったく。だってこれから俺にはインドネシアって国が待ってるんですよ!」
そして僕らは西海岸を転々としながら、ペナン島へと到着。
華人の街で、他のマレーシアとは違う独特の空気感がある。
良さげな宿を見つける。
宿のオジサンは、子供に鍵を渡して、この人たちに部屋を見せて上げなさいと伝える。
小学生くらいの女の子で、お父さんの仕事を手伝っているようだ。
僕は、部屋の事を聞くが、女の子は
「あ?」眉間にシワを寄せて答えない。
怒ってるのどろうか??
浅野さんが笑う。
「この子は中国語しか分からないんですよ!英語は通じないんですよ。分からない時はこういう感じなんで、気にする事ないですよ」と。
しかも、同じ中国語でも色々あるらしく、浅野さんの中国語は余り通じなかった。
さて、ここから僕はマレー海峡を渡り、インドネシア側へ。
浅野さんはこのままタイへと戻る。
ペナンという街は、華人の街という印象で、食事も美味しい。そして街も面白い。
のんびり滞在するには良いかもしれない。
が、僕らは既に、それぞれ違う行き先の事を考えている。
そしてついにその時は訪れる。
浅野さんはここまで結構ハードな旅だったので、当分の間、ここペナンに滞在すると言う。
中国に居た浅野さんには居心地も良いのだろう。
僕は先に荷物をまとめ、いよいよインドネシアへと出発だ。
「じゃあ、お元気で!またいつか会いましょう!」
僕らは互いに、あまりそれ以上の言葉は語らず別れる事にする。湿っぽく別れるような柄ではないので。
実は浅野さんとはここで別れて以来、今現在まで彼がどうしているのか分からない。消息を知らない。
日本に戻り一度手紙をもらったが、再び旅に出るような事を書いてあった。もしかしたら、今でもアジアの町のどこかでのんびりとアジアの風景を見て、楽しんでいるのかもしれない。日本で収まるような人物ではなかったので。
日本を出て半年は過ぎた。
ここからはビルマ以来の一人旅。そして次は5ヵ国目よインドネシアという同じくイスラム国家。
僕は船に乗り込み、いざインドネシアはスマトラ島のメダンという街を目指す。マラッカ海峡。この辺りは時に海賊と遭遇する事もしばしばあるので、結構怖い。
しかし実は僕、ひそかに海賊というものに興味があり、どこかで出くわさないかとも考えていた。(実はこの後の旅の時には、そんな海賊の家に招待された事もあったのだけど)
勿論、この時は連中がどんなものかは知らなかったので、のん気に構えていたものだ。
そして無事、何事もなく船はインドネシアへと上陸する。僕はスマトラの大地を踏む。
どうもマレーシアの穏やかな空気とは一変して、少し野性的でザラザラとした空気感を感じる。
まったく違う国に来たのだと、緊張感が走る。身が引き締まる。
到着すると間もなく、モロッコのタンジールのような客引き商戦が繰り広げられる。
しかし過去の経験というのは人を成長されるようで、そんな連中を物ともせず、全部押しのけ、僕は一人達を歩く。
うるさい客引きが一人、ずっと着いてくる。
街の雰囲気にも警戒していたし、気分の悪かった僕は、
「おい!ついてくるな!そこから一歩でも前に進むな!」
と一言、低い声でビシッと言うと、男はそれ以上は付いて来なくなった。
と、同時にヨーロッパの頃と較べ、僕の旅は随分“スレて“きたなぁと感じる。
大きな黒い屋根のモスクが見える。ここから「アザーン」が鳴り響く。
メダン・インドネシア。
第一印象、彼らには悪いが、余り良くない。
何事も起きなければ良いなと願いながら、一番手頃な宿を決め宿泊する。
さあ、ここからいよいよインドネシアの旅が始まる。