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わたしたちの結婚#31/眠れない夜、明るい月


夜、私たちは眠った。

きちんと手入れされた、清潔で温かな布団に身を包まれたら、ふたりともすぐに眠りに落ちてしまった。

充実した旅の疲れが身体をまとっていて、いつもよりも重力を強く感じたほどだ。


どのくらい眠っただろう。
空気が震えるほどの地響きを感じて、私は目を覚ました。

キョロキョロと左右を確認すると、それは夫のいびきだった。

夫は、息を大きく吸い込むと、身体中を震わせながら大きな大きないびきをかいた。

「トトロみたい、、、」

いびきを気にしているとは聞いていたけれど、これほど立派ないびきを聞いたのは初めてで、あまりの立派さに笑ってしまった。


重い身体はまだ睡眠を求めていたので、私はもう一度目を閉じた。

けれど、上手く眠れなかった。
頭はボーッとしていて、とても眠い。
なのに、全然眠れない。

寝返りをあっち、こっちと何度も打った。
それでも、空気まで震えているような大きないびきに、私の意識はいつまでも囚われていた。


ふう。
諦めて寝床を這い出した。

大きな窓から月の光が差し込んでいて、美しく明るい夜だった。

夫を起こさないように、そっと窓を開け、バルコニーに出た。


木製のロッキングチェアに腰を下ろし、音を立てないように、そっとゆらゆら揺れた。


ほんの数ヶ月前まで、全然知らない人だった夫と、こうして隣で眠るようになったことが不思議だった。

私を微塵も疑うことなく眠る夫が、奇妙にさえ思えた。

結婚するのか、私。

まだまだ実感なんて湧いていなかった。

結婚というものの正体を掴みきれないまま、私は赤いバラとキラキラのダイヤモンドに目をくらませているような気がした。

幸せな夜なのだ、今日は。

そう頭で考えた。

けれど、幸せは、想像していたよりも、ずっと抽象的で、掴みづらいもののようだった。

目を閉じて、夫の好きなところを考えた。

車でデートのときは、必ず私の飲み物を準備しておいてくれること。

私のお喋りを心地よく聞いてくれること。

年下扱いせず、対等に接してくれること。

待ち合わせ前、私に気付いてないときの素の表情。

店員さんとの喋り方。

電話してくれる時の声。

家族のことを話すときの、愛情に満ちた表情。

こだわり。

提案力、決断力。
(この辺は好きというより尊敬な気持ちだな)

私を喜ばせようとしてくれること。

私をお姫様みたいに大切にしてくれること。

温かくて大きな手。

エトセトラ、エトセトラ。


たった数ヶ月だけれど、ぎっしり詰まった夫との思い出は、愛情に満ちていた。

夫の愛は、とてもわかりやすく、具体的だった。

まっすぐ、愛されている。

両親からすら感じたことがなかった確信的な愛を、私は確かに受け取っていたことを再認識した。


幸せだ、私。

結婚できるから幸せとか、プロポーズされたから幸せだとか、そういう世間から教えられた幸せの輪郭はまだわからないけれど、夫のことを考えたり、思い出したりする時間が幸せだった。


澄んだ空気が美しかった。
一息、深呼吸をして立ち上がる。

ロッキングチェアが柔らかく揺れた。


寝床に戻ってまどろんでみた。
空気が震えるほどのいびきが私を包む。

夫が生きている。

その証のような響きに包まれながら、私もいつの間にか眠りに落ちていた。




ロン204.


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