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わたしたちの結婚#18/空色のワンピースと旅立ちの準備


「どうしたの?お洋服たくさん出して」

洗濯物を部屋まで持ってきてくれた母が私に声を掛けた。

私は、次の週末にプロポーズしてもらうことと、その日に着ていく洋服を選んでいることを告げた。

気に入っているブラウスとスカートのセットで行くか、きれいめな紺のワンピースで行くかを迷っていた。

「鞄は?」
母は頷きながら聞いた。

「これか、これ」
学生時代から使い倒した革の鞄を見せた。


母は神妙な顔をした後、
「出掛ける準備をして。服を買いに行きましょう」
と母に似合わぬ強い口調で言った。


母は身体が弱く、ショッピングモールが苦手だった。明るすぎる照明や、人混みが彼女を疲れさせるのだ。

母は小さな庭の手入れと私たち家族の身の回りのことをきちんと整えること以外に、何も必要がなさそうな人だった。

そんな母が自ら買い物に行くというのはとても珍しいことだった。

ショッピングモールに着いて、母は一目散にとあるレディースのショップに入った。

そこで、仕立ての良いワンピースを何着か見繕って、私の身体にあてた。

「これか、これがいいわ」

私は母に促されるままに試着をし、店員さんにこれでもかと言わんばかりに褒めちぎられて、少し気分が舞い上がった。

綺麗な空色のワンピースは、手触りの良い生地で仕立ててあり、試着するなり私はすっかり気に入ってしまった。

ご機嫌な私の前で、母は神妙な面持ちで上から下までしっかりと私を観察したあと、そのワンピースを買った。

私は小さな子どもみたいに、ちょんと母の少し後ろに立って、母が会計をしているのを見ていた。

自分のものは自分で買うよ、といつもは遠慮するけれど、今日は素直に甘えた。少し強張った母の表情が、この買い物がどこか儀式めいたものであることを感じさせていたから。


店を出ると、次は鞄屋さんへ。

小ぶりの本革のトートバッグを指差し、私に持たせてくれた。
「どの色が好き?」
3色展開のバッグだった。

うーん。可愛いのは明るい茶色。でも、使いやすそうなのは濃い茶色かな。

思う存分悩んだ後、さっきの空色のワンピースが明るい色だったので、濃い茶色が合うんじゃないかという結論になった。

母はその鞄を買って、私に手渡した。
「靴は?」

「えーっと、こないだの結婚式に履いて行ったやつ。新しいのがあるの」


母は頷き、じゃあ、喫茶店でお茶を飲みましょうと言った。


カフェラテを飲む母は、どこか満足気だった。
買い物の間中彼女を纏っていた緊張が解け、随分リラックスした表情をしていた。


母は人当たりは優しいが、芯のある厳しい人だった。清貧を地でいく生き方で、物欲に屈することはなかった。彼女に私は欲しいものをねだったことは一度もなかった。

それが決して叶わない望みであることを、物心ついた時から理解していたからだった。

そんな母が、服と鞄を潔いスピードで買い与えたことに少し驚いた。彼女にとってもまた、この「結婚」という行事には重みがあるのだと実感した。


改めて向き合うと、母は私の記憶よりも随分と小さかった。

少しでも見栄えのいい姿で、大事な日を迎えられるように。そんな母の想いが切なかった。


私はチャイティーラテを口に含んだ。
甘くて、少し複雑な味わいのそれは、私のお気に入りの飲み物だ。

いつも通りの美味しさを確かめながら、ずっとこの時間が続けばいいのに、と思った。


母のそばでずっと甘えてお茶を飲んでいたい。

そんな気持ちになった。

もう十分大人なのに、やっぱりこうして母に甘える時間が好きだった。

夫との人生を選べば、この母との甘やかな時間はお終いになる。そんなことはわかっていたことだったのに。

けれど、いざ、旅立つ直前になると、とても寂しい気持ちになった。


失いたくない暖かさを前に、自分が幸せだったことに気付いた。




ロン204.

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