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わたしたちの結婚#39/心が満ちる旅
高原を後にしたら、次は牧場に連れて行ってくれた。
ミルクの味の濃いソフトクリームは、とてつもなく美味しくて、自然と笑顔になる。
牛と記念撮影をして、羊を眺めた。
高度があるからか、夏なのに随分涼しい。
手を繋いで、牧場をプラプラ散歩した。
広くて豊かな土地で、草をはむ動物たちがのんびり過ごしている様子は、とてものどかで、動物園とはまた違う趣きがあった。
私も田舎出身だけれど、田園風景が延々と続く町で育ったので、高原や牧場はとても新鮮な体験だった。
田舎にも、いろんなグラデーションがあるのだな。
当たり前だけれど、そんなことに気付かされる。
都会と、田舎。都市部と地方。そんな二項対立で語るとき、私にとっての“田舎”や“地方”が、万人にとってのそれではなく、その単純化された言葉の中にも、無限に色彩が詰まっていることを改めて認識させられた。
日本の景色は本当に多様で、地域それぞれの暮らし、営みがある。
当たり前のことだけれど、家で旅番組を見ているだけでは発想もしない、視野の広がりのような感覚が私を包んだ。
自然がつくり出す音だけで満ちた、のどかな牧場は、私の心の凝りを十分にほぐし、随分長い間使っていなかった感性の部分に、あたたかな光を差し込ませた。
普段、自然と人間は相反するもののように捉えがちだけれど、雄大な山々を背景に乳牛のお世話をする人々の姿は、自然と溶け合っているように見えた。
その風景が、とても心地よかった。
*
お昼ごはんはラーメンを食べた。
肉厚のチャーシューと、野菜がたっぷりのった、こってりスープの味噌ラーメン。
とても美味しい。
夫の頼んだ餃子もひとつ貰う。
夫は、自分が頼んだものを私にくれる時、とても幸せそうな顔をする。
「君も食べる?」
と言って、私が頷くと、とても嬉しそうなのだ。
私がもぐもぐと食べる様子が可愛いと言う。
なんだか、餌付けされている猫みたいな気分だけれど、私が美味しく食べるだけで幸せな気持ちになってくれるなら、なんとも安上がりでありがたい。
*
午後からは、日帰り温泉に入ったあと、その地域で有名な寺院を訪れた。
参道の周囲には、立派な杉林があり、荘厳な雰囲気を醸していた。
あいにく小雨が降ってきたけれど、黒と金を基調とした歴史ある建物は、雨に濡れる姿も美しかった。
屋根の細部まで施された装飾を見上げると、さまざまなな動物や人間の木彫が配置されていた。
どこにどんな動物を飾ろうか、この建物を作った人は、そんなことを一生懸命考えたのだろうかと思うと、その繊細な仕事振りに感動した。
屋根の角には強そうな龍が突き出していて、迫力満点。屋根の隙間からは、可愛らしい表情で微笑む人形。隣の隙間には猫が寝ている。
ずっと見ていても飽きないほどの立派な装飾をしばらく眺め、その後順路通りお参りをした。
目を瞑り、手を合わせる。
何かお願いしようか。
明日のご挨拶が、義理のご家族に失礼なく行えますように、とお願いした。
目を開けて、夫を見ると、まだ真剣な面持ちで祈りを捧げていた。
真面目な横顔が意外だった。
故郷の寺院で、厳かに祈りを捧げる夫の横顔が、とても神聖なものに見えた。
大充実の1日も、遂に終わりが近づいてきた。
身体中に心地良い疲労感も広がっている。
ふたりとも、くたくたになってその日の終着点である宿にたどり着いた。
私を楽しませようと、夫が一生懸命考えてくれた旅のプランは本当に楽しくて、明日のご挨拶の緊張なんて忘れてしまうくらいだった。
一緒に過ごす時間を重ねれば重ねるほど、かけがえのない思い出を作ってくれる夫と生きていけることが、本当に幸せだと思った。
ロン204.