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学生を103万円まで働かせないで欲しい
自民党の小野寺政調会長が103万円の壁を巡り、「なぜ学生が103万円まで働かなきゃいけないのか」と発言したことが波紋を広げている。昨年度まで私は非常勤講師として大学で授業を担当したり、資格取得をサポートしたりしてきた。その経験から言えることは、「103万円まで働かなければいけない状況」は学生にとって好ましくないということだ。
週に何時間アルバイトできるのか?
厚生労働省が公表している「令和5年賃金構造基本統計調査」によると、大学生にあたる20~24歳の平均時給は1,202円である。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2023/dl/11.pdf
大学生が平均時給1,202円を稼いでいると仮定した場合、年間103万円を超えるには、857時間働く必要がある。月に平均すると71時間であり、週で平均すると15時間〜17時間となる。一回5時間程度のアルバイトの場合、週に3日以上働く必要がある。大学の授業では1回の授業につき2時間〜4時間前後の課外学習時間を想定し、シラバスを作成することが多い。そして多くの学生は、1日3コマ前後を履修(1学期間12コマ〜15コマ)することが多い。1限(朝1)〜3限まで授業を履修し、その後アルバイトすると帰宅するのは深夜となる。アルバイトを週に3回入れると、課外学習に費やせる時間がほぼなくなる。またアルバイトが深夜まで及ぶ場合、起床できなくなり1限を欠席する学生も多い。個々の学生の経済状況は異なるため、アルバイトを控えるように講師から助言することは難しい。しかし、アルバイトを優先するあまりに単位を落とし留年が確定した学生、アルバイトの方が楽しくて大学から足が遠のいてしまった学生、アルバイト以外の内容をアピールできず就活で思うような結果が残せなかった学生、など学業とアルバイトのバランスが取れなかった学生を10年間で沢山見てきた。高額の授業料を払い、奨学金という借金を抱え、大学生の本分である学業に専念できないという現状は決して好ましくない。
大学生は忙しい
大学生の保護者は、40代〜50代である。出身大学や学部にもよるが、親世代が大学に通っていた頃よりは単位を取得することも4年間で卒業する事も難しくなっている。理系学生は親子共に、長時間アルバイトをすることが困難であることを認識しているケースが多い。私の夫(理系)も大学生の頃、アルバイトは週1程度だった。注意すべきは、文系学生の親である。私の世代(アラフォー)でも、文系大学出身者は週に1回くらいしか大学に行かずにアルバイト生活に専念しつつも卒業できた経験を持つ人が多い。そして自分の経験から、生活費はアルバイトで稼ぐことを前提に子供を大学に進学させる保護者もいる。しかし、文系大学生であっても学業を優先しつつ生活費をアルバイトで稼ぎながら4年間を過ごすことは非常に難しい。
出席の厳守化:私は関西圏にある複数の大学で授業を担当したことがあるが、授業に出席することなく単位を取得できるような科目はほぼなかった。多くの大学では、全授業の1/3以上を欠席すると単位を取得できないことが多い。例えば春学期において(4月〜7月後半)全15回授業のうち5回以上欠席すれば単位を取得することが難しくなる。
課外学習:また最近の大学では、アクティブラーニングを取り入れた授業を行っている故に課外学習も多く、試験さえ突破すれば単位を取得できた20年前とは異なる。1回5時間程度のアルバイトを週に3回入れていれば、課外学習に十分な時間を使うことができない。課外学習に十分な時間を費やしている学生は成績も良好で、積極的に授業に参加することが多い。他方、深夜まで居酒屋でアルバイトをし、授業内でスヤスヤと眠っている学生もいる。
ガクチカ格差
就職活動において問われる「ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)」の難易度は年々上がってきていると感じる。
理系学生の場合、専門知識を活かした就職活動をすることが多く「ガクチカ」が与える影響は少ない。理系院卒の学生はそもそも研究室の教授の推薦などから就職先が決まることも多い。文系学生の場合、他の学生との差別化を図るためには授業外においての活動が重要となる。ガクチカでアピールされることが多い(1)インターンシップ経験、(2)ボランティア活動、(3)留学、(4)サークル活動、(5)資格取得、などは全て時間とお金のある学生が有利である。そもそも授業外の多くの時間をアルバイトに費やしている学生は、無償でのインターンシップやボランティア活動に参加することが難しい。資格を取得するために講座に参加したり、勉強時間を確保したりする事も難しい。その結果、就活においてアピールできる経験がアルバイト経験のみとなる。
望ましい形
若者への投資は、未来への投資である。能力・意欲がある学生が経済的な理由から学業に専念できない現状は好ましくない。高等教育を受けることが望しい若者に対しては、無償で学べる機会を提供すべきである。本来であれば成人となる18歳まで(高校卒業まで)受験をすることなく公的な教育を提供することが望しい。そして、18歳になった時点で本人が(1)大学へ進学するのか、(2)就職するのか、(3)専門的な技能を身につけるのか、選択できることが理想である。