ブラック、グレー、いつかはブルー 7
〜社畜は鬱になって、生き直すことに決めました〜
「発見が遅かったら危険でしたよ。入院ですね」
病院で言われた台詞がうまく頭に入ってこなかった。
ええと、ということは、まず社長に言って引き継ぎを・・・いや、その前にこんなこと、信じてもらえるだろうか?私の頭の中では早速シュミレーションが始まった。
当時私の周りでは、私ぐらいの年代で「脳梗塞(の前触れ)」を発症している人は少なかった。その後、芸能人が若くして発作を起こし入院したというニュースがあり、一般的に広まるようになったものの、社長に私の病名を言ったところで「は?何言ってんだ」と言われそうな雰囲気があった。
社長は、どんな病気も怪我も「本人の気の緩み」もしくは「天罰(意味がわからない)」と捉える人だったのだ。
自分が熱を出せばそれはそれは大騒ぎするのだが。
結果、無事に休みをもらい(当然だ)、入院が決まった。
が。
その時の社長の台詞がこちら。
「(同僚たちには)脳梗塞じゃなくて、違う病気だということで伝えたい」
は?
これは、今思えば周りに「ハードワークをさせすぎて倒れた」と思われたくない一心だったのだろう。当時の私は一日で引き継ぎもせねばならず、ちょっと頭が回っていなかったのだが、なんとか本当のことを伝えてもらうように言った。
そして入院。
なんだか知らんが、社長はしょっちゅう見舞いにやってきた。便利な奴がいなくて、さぞ大変だったのだろう。
ちなみにこれは後日談なのだが、退院して数ヶ月たち、仕事にも復帰した私に、社長は言った。
「で、病気の原因は何だったんだ?不摂生?ストレスじゃないだろ?」
私の心臓には、生まれつき小さな穴が空いているらしく、血の塊がそこを通って身体を回り、脳に届き、脳梗塞の症状をひきおこす、というものだった。
心原性脳塞症、とかなんとか。で、主治医の先生ははっきりと、「原因は過労とストレスですね」と私に告げた。
私は叫びたかった。
「ストレスに決まってんだろうが!あんただよ!原因はあんた!他にもっと暇してる人間居るんだから働かせろよ!何でストレスじゃない、なんて言えるんだよ!ストレスしかねえよ!不摂生?!酒飲む暇すらねえわ!こんな生活で、健康なわけねえだろうが!!」
と、いう思いを、鉄の意思で押し殺した。
ひきつりながら、心臓に穴が空いていることが原因だと説明したが、話は半分も伝わらず、その後も同じようなことを何度も聞かれた。
退院後、薬を飲み続けながら仕事量をセーブして働いていたが、社長とその片腕(これもまたたちが悪い)は、私を以前と同じように、いや、以前よりも働かせようとした。引き受けられない、身体が持たないと断ると、「お前の病気はいつ治るんだ」とキレられる始末。
これは10年ほど前の話である。
しかしもしもこれが、コロナウイルスの蔓延る今現在に起こったとしたら、一体どうなるのだろうか。
はたらきかたが大幅に変わった昨今。
今はこういうことが減っているのか、もしかするとひっそり、無茶苦茶な上司の下敷きになりながらはたらいている人がいるのか、本当のところはわからない。
ただ、一つ言えることは、自分の身体は自分で守るしかない、ということ。
はたらくために命があるんじゃない。
命があるから、はたらくことが出来るのだ。
心がラリっていたら、はたらくなんて無理なのだ。