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[西洋の古い物語]『ニャールのサガ』より、「ハルゲルヅの夫の殺害」(第1回)

こんにちは。いつもお読みくださりありがとうございます。
『ニャールのサガ』は、アイスランドに伝わる古い物語(サガ)の一つで、成立は1280年頃、作者はわからないそうです。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
※1月とは思えない暖かさに、ご近所のお庭でも水仙が咲き始めました。画像は美しいラッパズイセンの花、フォトギャラリーからお借りしました。


『ニャールのサガ』より、「ハルゲルヅの夫の殺害」(第1回)
 
 もし誰か旅人が千年ほど前のアイスランドを訪れたとすれば、その人はアイスランドが忙しく勤勉に働く人々でいっぱいの島だと思ったことでしょう。人々は短い夏を最大限に生かして、地面をとてもよく耕しましたので、たいていは黄金の実りを刈り取りました。多くの家庭は親類同士で、美髪王ことハラール王が新たな法律を導入し、これを嫌った人々が、約60年前、ノルウェーや海洋の島々から逃げてきたのでした。諸々の理由から人々はやがてオークニー、シェットランド、フェロー諸島、ヘブリディーズ諸島の人々と結びつき、皆一つの種族の人々でありましたから、彼らは無理なく同じ習慣を取り入れ、同じ法律に従いました。
※ハラール王(ハラール1世 [860?–940?])はノルウェーの初代国王。Fairhair(美髪王)と呼ばれたそうです。
 
 さて、古代北欧の人々は多くの良き点を備えておりましたが、厄介な点もたくさんありました。どの家庭でも父親が子供達全員に対して絶対的な力を持っておりまして、娘の結婚に際しては娘と交換に支払われるべき金額を決めたり、「捕虜」とも呼ばれる負傷した奴隷、殺害された息子に対して当然支払われるべき金額を定めたりしました。また、彼は、思案の上、受けた損害の対価として一切お金を受取ることを拒否して、血には血で報復することもできたのです。ですが、ひとたび自らの決心を宣言すれば、彼は自分の言葉を守る義務を負うのでした。
 
 闘いを好んだとはいえ、古代北欧の人々は公正な取引についての彼ら自身の考え方を持っておりました。もし人を殺したら、そのことを告白せねばなりません。もし人を夜間に、もしくは眠っている最中に殺したなら、殺人で有罪となります。また、もし相手の亡骸に砂利や砂をかけることを拒み、敵の埋葬される権利を否定するなら、味方からも卑劣漢と見なされるのです。
 
 さて、ラックサー川の谷間に二人の兄弟が、それぞれ自分の館に住んでおりました。一人は名をホスクルド、もう一人はフルートといいました。フルートはホスクルドよりもずっと若く、美男で勇敢で、そして多くの古代北欧の人々がそうであったように、戦に従事していない時はとても礼儀正しく温和でした。また、古代北欧には未来を予言する才能に恵まれた者が大勢ありましたが、彼もその一人でした。ある日、ホスクルドは宴会を開き、フルートはたくさんの親類と一緒にやってきて、兄ホスクルドの隣に席をとりました。皆も館の大広間に着席しました。暖炉のそばではホスクルドの小さな娘ハルゲルヅが何人かの子供達と遊んでおりました。皆、金髪に青い瞳でしたが、ハルゲルヅは他の誰よりも背が高く美しさも際立っており、髪は輝く長い巻き毛となって腰よりももっと下まで垂下がっておりました。

「こっちへおいで」とホスクルドは手を差し出しながら言いました。そして彼女の顎をとらえると口づけをし、遊び仲間の所へもどるようにと言いました。そして、弟の方を向くと、彼は尋ねました。
「どうだ、綺麗な子だろう?」
しかし、フルートは黙っていました。
ホスクルドは、あの乙女についてフルートがどう考えているかをもう一度尋ねました。フルートは今回は返事をしました。
「確かに綺麗な娘ですね。あの子が男たちの間に引き起す争いは相当のものでしょう。しかし、一つ知りたいことがあります。我々の一族の誰があの子にああいう盗人の目を与えたのでしょうね。」
これを聞くとホスクルドは腹を立て、フルートに自分の館に帰るよう命じました。
 
 このことがあってから数年が経ちました。フルートはアイスランドを去り、少しの間ノルウェーの宮廷で過ごしました。帰郷して結婚しましたが、妻のウンと大きなもめ事があり、彼らが離婚してウンが父親のもとへ戻ってしまうと、フルートはまた独り身になりました。彼は兄のホスクルドを訪れました。娘のハルゲルヅは今や成熟した女性になっておりました。彼女は背が高く堂々として、そして美しかったのですが、子供の頃そうであったように狡猾でがめつく、その上、彼女は父のホスクルドや叔父のフルートよりも、ショーストールヴを愛しておりました。彼女を養育したのはショーストールヴの妻だったのです。
 
 ハルゲルヅが父のホスクルドの所へ戻ってくると、ホスクルドは彼女のために夫を探さねばならないことがわかりました。彼女の美貌の評判が広まるだろうからです。さほど時を置かずに一人、オースヴィーヴルの息子のソルヴァルドが彼女を訪ねてやってきました。彼は、島に所有する広大な土地に加えて、外海のベア諸島を所有しており、そこでは魚が豊富に獲れました。
 
 ソルヴァルドの父オースヴィーヴルは、それまで旅に出ていた息子よりもずっとよくその乙女のことを知っておりましたので、息子の考えを他の娘に向けさせようと試みましたが、ソルヴァルドはこう答えるだけでした。
「父上がなんとおっしゃろうと、彼女は私が結婚する唯一人の女性です。」
そこでオースヴィーヴルは答えました。
「まあ、結局のところ、危険が降りかかるのはお前で、儂ではないからな。」
 
 そんな訳で彼ら二人はホスクルドの館へ出向き、ホスクルドは心を込めて彼らを歓迎しました。彼らは早速用向きを話し、ホスクルドは、自分としてはこれ以上名誉な縁組みを娘に望むことはできない、と返答しました。しかし、彼は娘の気質が気難しく冷酷であることを彼らに隠そうとはしませんでした。
「それは障害にはなりません」とソルヴァルドは言いました。「ですから、彼女と交換に私が何をお支払いするのかをおっしゃって下さい。」
そして取引が決められ、ソルヴァルドは父と共に馬に乗って帰宅しました。しかし、ハルゲルヅには、彼女がソルヴァルドと結婚したいかどうかを一度も尋ねられることはありませんでした。
 
 ホスクルドが娘に、お前はソルヴァルドと結婚することになったと告げますと、彼女は喜ばず、もしお父様がそのふりをなさっていたほどに私を愛して下さっていれば、こういう大事なことは私にご相談くださったでしょうに、と言いました。それに、この縁組みはどう考えても自分にはふさわしくないと彼女は思いました。
 
 しかし、文句を言っても結婚から逃れる術はなく、ホスクルドは聞く耳を持ちませんでした。彼女は養父のショーストールヴに助けを求めました。彼女が一部始終を話しますと、彼は、機嫌良くしていなさい、と命じました。そして、ソルヴァルドが彼女の唯一の夫とはならないだろうと予言し、もし嫌なことがあれば自分の所へ来ればよい、ホスクルドとフルートに関すること以外なら何であれ、彼女がしてほしいことは自分がしてやるから、と言いました。
 
 こうしてハルゲルヅは慰められ、結婚の祝宴の準備をするため家に戻りました。祝宴には友人親類一同が招かれました。そして結婚式が終わると、彼女は夫ソルヴァルドに伴われて家へと赴きました。しかし、養父ショーストールヴがいつも彼女の傍らにおり、彼女はソルヴァルドよりもショーストールヴによく話しかけました。ショーストールヴは彼らの家に冬の間ずっと滞在しました。

『ニャールのサガ』より、「ハルゲルヅの夫の殺害」(第1回)はここまでです。

登場人物の名前の表記は、谷口幸男訳『アイスランド サガ』(新潮社、1979)に収録の「ニャールのサガ」に従いました。
最後までお読みくださりありがとうございます。
次回をどうぞお楽しみに!

この物語の原文は下記に収録されています。


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