[西洋の古い物語]「楽しきイングランドの聖ジョージ」(第1回)
こんにちは。
いつもお読み下さり、ありがとうございます。
今回から、竜退治で有名な聖ジョージと仲間たちのお話を始めたいと思います。
聖ジョージによる竜退治のお話は昔からとても人気があり、『黄金伝説』に収録されている「聖ゲオルギウス伝」が定番ですが、いろいろな人が詩や物語の題材としてきました。今回から始めますのは、16世紀後半から17世紀にかけて活躍したイギリスの作家リチャード・ジョンソンが騎士道ロマンス風の長編物語として出版した『キリスト教国の七人の勇士たち』の縮約版です。
ジョンソンの原作には子供達が読むには少々不適切な部分が含まれていますので、18世紀にキングストンという作家が、原作の面白さはそのままに読みやすく書き直したものを出しました。このキングストン版はnoteでも既にご紹介し、マガジンにまとめさせていただいています。
今回ご紹介しますのは、キングストン版よりもさらに短くやさしくまとめたもので、小さな子供達でも楽しんで読める分量となっています。しかし、そうは言ってもやはり少々長いので、何回かに分けて掲載させていただきたいと思います。
ご一緒にお読みくださいましたら幸いです。
「楽しきイングランドの聖ジョージ」(第1回)
深い森の暗い奥に残酷な魔女カリブは住んでおりました。その所業は恐ろしく、魔法の住処への道に立ち塞がる鉄の門に架けられた真鍮の喇叭を吹く胆力のある者はほとんどおりませんでした。カリブの所業は恐ろしいものでした。中でもひどいのは、生まれたばかりの罪も無い赤ん坊たちをさらってきては殺すことを喜びとしていることでした。そして、疑いなく、コベントリー伯爵のまだ乳飲み子のご子息の運命として、彼女は同じことを目論んでいたのです。
伯爵はずっと以前、イングランドの家令卿であられた方でございます。赤子のお父上のご不在中、お母上がお産の後に息を引き取りつつあるときに、邪悪なカリブは呪文と魔術によって、不注意な乳母たちからまんまと子供を盗み去ったに違いありません。
しかし、赤子は最初から豪胆な偉業へとしるしづけられていたのでした。と申しますのも、彼の胸には生きているかのような竜の姿が、右手には血のように赤い十字架が、そして左脚には黄金の靴下止めが描かれていたからでした。そして、カリブは残酷な魔女ながらもこれらのしるしにとても心惹かれたものですから、手を控えておりました。子供は日毎に美しく成長し、体つきも立派になり、彼女にとっては目の中に入れても痛くないほどの宝物となりました。
さて、七年が二回過ぎると、少年は名誉ある冒険を渇望するようになりました。でも、邪悪な魔女は彼を我が物にしておきたかったのです。しかし、栄光を求める彼はこんな邪悪な輩のことなど完全に軽蔑しておりました。そこで、彼女は贈り物で彼の気を引こうとしました。ある日、彼女は、彼の手をとって真鍮の城へと連れて行き、そこで囚人となっている六人の勇敢な騎士たちを示して言いました。
「ほら!この方々はキリスト教国の六人の勇士になる方々だよ。もしそなたが私の元にとどまるなら、そなたは七番目の勇士となり、楽しきイングランドの聖ジョージの名で呼ばれるであろう。」
しかし、彼は承知しませんでした。
すると、彼女は、見たこともないほど美しい七頭の馬がいる立派な厩舎へと彼を連れて行きました。
「このうち六頭は」と、彼女は言いました。「あの六人の勇士のものだ。七頭目の、この一番良い馬は、名前はベヤードといってね、この世で最も速く駆け、最も力が強いのだ。この馬をそなたにあげよう。もしそなたが私と一緒にいてくれるなら。」
しかし、彼はうんと言いませんでした。
次に彼女は、彼を武器庫へと連れて行きました。そして手ずから、混ざりもののない鋼でできた胴鎧の留金を留め、黄金を象嵌した兜の紐を結んでやりました。それから、強力な剣を持ってきますと、彼女はそれを彼の手に握らせて言いました。
「この武具は何ものにも決して刺し貫かれることがない。また、この剣は、名前をアスカロンというが、触れるもの全てを真っ二つに断ち切るであろう。これらはそなたのものだ。さあ、きっと私と一緒にいておくれだろうね?」
しかし、彼はそうしませんでした。
すると彼女は、自分の魔法の杖で彼の歓心を買おうとしました。それは、彼女の住む魔法の土地のあらゆるものに対する支配力を彼に与えることでした。彼女は言いました。
「さあ、きっとそなたはここに残っておくれだね?」
しかし、彼は、魔法の杖を手に取ると、傍らの大岩をそれで打ちました。すると、ほら!大岩は口を開き、邪悪な魔女が殺してきた大勢の無垢の赤子たちの骸(むくろ)でいっぱいの広い洞穴を開いて見せたのです。そこで、彼は、魔女カリブの魔力を用いて、彼女にその恐ろしい場所へと入っていくよう命じました。彼女がそこに入りますと、彼は魔法の杖を再び掲げ、岩を打ちました。すると、ほら!岩は永遠に口を閉じ、魔女は取り残されて、感覚の無い石に向かって嘆き悲しむ言葉を喚きたてました。
このようにして聖ジョージは魔法の地から解放され、ベヤードに跨ると、それぞれ馬に乗った他の六人のキリスト教国の勇士たちとともにコベントリーの町へと駒を進めて行きました。
彼らはコベントリーに九ヶ月間滞在し、あらゆる武芸の技を鍛えました。そしてまた春がめぐってくると、彼らは出立し、遍歴の騎士となって異国に冒険を求めました。そして、三十日と三十夜の間彼らは駒を進め、新たな月の初めとなり、ついに彼らは大きな草原へとやって来ました。さて、七本の分かれ道がこの草原の真ん中で出会い、そこには大きな真鍮の柱が立っておりました。ここで、意気高く勇気に満ちて、彼らは互いに別れを告げ、各自がそれぞれの道を取りました。(続く)
「楽しきイングランドの聖ジョージ」第1回はこれでお終いです。
このお話の原文は以下の物語集に収録されています。
今回もお読み下さり、ありがとうございました。
次回をどうぞお楽しみに。
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