【偶然と必然は紙一重】偶然は用意のあるところに TOTOギャラリー間
乃木坂駅からほど近い東洋陶器株式会社こと現「TOTO(株)」のショールーム&ギャラリー&本屋もある施設へ。
このギャラリーは建築や資材関連の展示を行っていることが多く、製図ケースを肩にかけた方々などの訪問者がチラホラ。
今回の展示概要は以下である。
と、あるが、私にとって最も馴染み深いのは東京国立近代美術館(以下、東近美)のリニューアル事業や展示構成等のお仕事である。
以前、東近美の機関紙「現代の眼」のインタビュー記事を読んで建築リニューアルにも、展覧会会場構成にも活躍する氏のことが気になっていたので、今回は展示という形だと理解がしやすいかも!といそいそと出かけていった。
以下も非常に読み応えがあるので、ぜひご一読を。
展示内容
西澤氏のワークが模型で再現され、注視したポイントが解説文としてキャプションになっている。
その模型も様々な素材で作られていて、「今、ここでない場所の解説」を立体的に思い出したり、想像したり理解したりするのに一役買っている。
あの、東近美の壮大なコレクション展示室(むしろ最近、企画展はおまけだと思っている)の構成をどう作ったのか。
実は壮大なコレクションが「見応えがある、満足度が高い」と毎回思えるのも部屋の物理的構成ありきから、という部分が目からウロコだった。
建物の外観は思い出せるが、一度中に入ってしまうと「形状」がすっぽり抜け落ちることがよくある。
大きな外側のハコに入ったことは覚えているが、今、自分がそのハコのどのへんにいるのだっけ?となる。特に東近美は毎回わからなくなる。
それだけ没頭できているのかもしれないけれど。
(逆に東京都現代美術館のように外光が入る建物は位置関係が比較的掴みやすい)
そもそも大リニューアル前の東京国立近代美術館の思い出
閑話休題。
西澤氏が東近美のコレクション展示室をリニューアルしたのは2012年。
その10年ほど前2001年には坂倉建築事務所によって大規模なリニューアルが行われていた。
私が初めて東近美へ行ったのは1997年の「村岡三郎展『熱の彫刻 物質と生命の根源を求めて』」だった。
しかしその後、現代美術館にどっぷりだったので近代と名のつく東近美には暫く足は遠のいた。立地のせいもあるかもしれない…
2020年のピーター・ドイグ展での再訪まで実に23年、間が開いている。
だから2001年から2011年までの状態を知らないのだ。
むしろ2001年以前の東近美をうろ覚えだが覚えていることが貴重かもしれない。その時も、フラッと常設展に入ったらボリュームに驚いたことは覚えている。
岸田劉生の「切通し」の絵も、高村光太郎の「手」もここの所蔵と認識したのはこのタイミングだ。
現在、ロビーのある所、よく、企画展の看板が大きく掲げられている辺りも展示室だった気がする。
外から展示品が見えたのだ。(私が見に行った時だけの仕様だったのかもしれないが…)
「建物を思う部屋」に少し昔の東近美の写真があるが、ぜひもっと展示写真を増やして欲しいものだ。
次なる目的は
今回の展示の中で京都京セラ美術館、東京国立近代美術館は行ったことがあったが、八戸市美術館等、青森方面には行ったことがない。
昨年から西方面ばかりに行っていた。こりゃぁ青森行かねば。。。
と決意を新たにするが、冬の到来と東北地方の雪と、身動きが取れるか?
でもちょっとワクワクしている。
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