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道元 epispde4正法眼蔵

仏教の基本は智慧と慈悲といわれる。そのような「智慧」を禅者たちは“眼”と表現した。曇りのない眼でもって対象を見たとき、わたしたちは対象を正しく捉えることができる。蔵に納められた経典も、そのような「眼」でもって読み取れば、仏の教えを正しく理解できるというのです。それを「正法眼蔵」と呼びます。

道元は、釈迦の正法を正しく読み取る智慧を、弟子たちや一般信者に説きました。それが『正法眼蔵』という書物なのです。

道元は禅宗の僧侶です。ですから道元を知ろうとすれば禅というものの最低限の理解は必要です。仏教の真理を言葉によらずに師から弟子へと伝えていく営みを禅と定義したら、それは禅の特色を示す一つとなるのだろう。

いわゆる不立文字(ふりゅうもんじ)・以心伝心というものです。まさに文字(言葉)を立てずに、心から心へと真理を伝えていくのが禅なのです。

だとすると、釈迦の教えを正しく読み取る力を、書物(正法眼蔵)、すなわち言葉を通して伝えようとした道元の行為は、矛盾です。

しかし彼は、その矛盾にあえて取り組んだのです。その背景には、道元の生きた鎌倉時代に広まっていた末法(まっぽう)思想がありました。

末法とは、釈迦の正しい教えが廃(すた)れてしまうとされる時代のことです。鎌倉時代の日本において、人々は「いまが末法の世だ」という意識を持っていました。

そのなかで、「南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」を称(とな)えるだけで極楽往生(ごくらくおうじょう)できるという念仏宗(ねんぶつしゅう)の信仰が盛んになります。

しかし、道元はそれに反対しました。釈迦の教えを正しく伝える者、つまり正法眼蔵を持っている者さえいれば、釈迦の教えが廃れることなどない。それはいつの世にも残っていくものだ。それが道元の信念でした。

このように考えた道元は禅僧ですが、宗教者としてはもちろんですが、現代に通じる偉大な哲学者でもあるといえるでしょう。

哲学とは人間の理性、つまり言葉でもって、人類普遍の真理を構築する営みです。道元は、たとえ末法の世になったとしても、仏教の真理を正しく読み取る眼が後世に伝わるよう、自らの智慧が釈迦の菩提樹下の悟りと他ならないと確信していたのでその核心を言語化して残そうとしたのです。

禅の修行をする人のなかには、『正法眼蔵』を坐禅の方法を教えている指南書だと捉えている人がいますし、禅に関心のない人には『正法眼蔵』が理解できないし関係ないという人もいます。

しかし、私は『正法眼蔵』を、一般的な禅の書物としてではなく、現代人がなれた思考法というべき理性的思考で仏教の智慧を言語化しようと試みた道元の哲学書として読むことができると思う。

道元思想のキーワード「身心脱落」。道元が宋で悟りを得るきっかけとなったこの言葉は何を意味するのか。前半のepisodeで一部触れましたが、一言で言えば「あらゆる自我意識を捨ててしまうこと」ということに尽きるでしょう。

自我意識を捨て、あらゆるこだわりをなくして、真理の世界に溶け込んでいくことこそ「身心脱落」なのです。それは人間にとってのあらゆる苦悩、病や死さえも、ありのままに受け容れる境地なのです。

「身心脱落」すれば、何ものにも惑わされない悠々とした生き方が自ずと見えてくるのです。

正法眼蔵「現成公案」の巻を中心に「身心脱落」した世界をありのままに受け容れる生き方を学んでみましょう。

アップルの創業者にして今や伝説のカリスマ故スティーブ・ジョブス。彼と道元禅とのかかわりは有名だ。

彼は一時、創業したアップル社を追われ、次世代のコンピュータを開発すべく新会社を設立しますが、彼が本格的に禅に傾倒したのは乙川弘文師(おとがわこうぶん)との出会いといわれる。

私は静岡県焼津市に住むがこの街に曹洞宗の林捜院という名刹がありアメリカで禅指導を行った鈴木俊隆師を輩出している。

その鈴木師の求めに応じ渡米した僧侶乙川弘文師との出会いからジョブスが禅志向を強めたとされる。

乙川師は新潟県の寺に生まれ、京都大学大学院を修了後、曹洞宗の大本山、永平寺で修行した。

29歳で渡米すると、カリフォルニアで北米初の本格的禅道場の開創に協力し、その後は欧米各地で禅の教えを広めた。ジョブスは乙川師に「宗教指導者」という役職を与え、会社の運営に関わってもらうことにしたといわれています。ジョブズはさらに、自らの結婚式のセレモニー・マスターを担当してもらうほど、乙川師と深い交流をしていました。

乙川師が伝えた思想の何がジョブズにインパクトを与えたのか。 乙川師をアメリカに招聘した僧侶・鈴木俊隆師による著「禅マインド ビギナーズ・マインド」という書が世界24カ国以上に翻訳され、今も禅の思想の入門書として読み継がれていますがジョブズも若き日にこの本に熱狂したといわれています。

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ジョブズが世に送り出した革新的なスマートフォン。そのあまりにも人間的なインターフェイスに初めて触れて驚いた。まるで触るような感覚で動いていく画面、自分と対象が一体になるような没入感。

強固な自我を確立し、自然や対象との間に明確な線を引く西欧近代の発想だけでは、この「主客未分のインターフェイス」という発想は得られなかったのではないかといわれます。

専門的的な宗教学者は「身心脱落」という道元の概念は、強固な自我意識を溶かし、世界に満ち溢れる仏性と一体化することで得られる境地だと解説します。

この「主客未分感」は、機械を単なる対象物としてではなく、人間の五感や体感と一体化するようなインターフェイスとして設計するジョブズの思想と相通じていると論評します。

正法眼蔵に有事の巻。ジョブズは、毎朝鏡の中の自分に向かって、もし今日が自分の人生最後の日だったら今日やろうとしていることをやりたいと思うだろうかと問いかけ続けていたと講演会で述べていた。この言葉は、「いま、この瞬間を生きることの大切さ」を常に自分自身に刻むために、彼が大切にしてきた言葉です。

これは、「有時」という巻で展開される道元の時間論と相通じています。「過去を追うな、未来を求めるな。過去はすでに過ぎ去ったもの。未来はまだやって来ない。今あるのは現在この瞬間だけ。

今、為すべきことをしっかりとやろう」という釈迦の言葉と重ねながら、時間とは、実在とは『いま現在』のことなのだ。だから過去のことも未来のことも憂えず、この瞬間をしっかり生ききりなさい」と道元は「有時」の巻からメッセージを発するのです。

今、このときを「人生最後の日」と思って、大切に生ききるというジョブズの姿勢。そして道元の「有時」。過去の膨大なデータやあらかじめ作りこんだ綿密な計画性などに縛られて身動きができなくなりがちな現代の私たちに、大きな問いかけをしているのだろう。

正法眼蔵 生死の巻 前後際断せり」 「生也全機現 死也全機現」

死を厭う(いとう)ことなく願い慕う(したう)ことのないときに、はじめて命のというものが理解できる。命と一体になり、真理と一体になることができるのだ。

生は生になりきり、死は死になりきることができるとき、生死という迷いから解き放たれ悟りの境地に到るのでです。

生から死に移り変わると考えるから、死にたくないという欲望が生じ、苦しみが生まれるのです。生は生で始めも終わりも生であり、死は死で始めも終わりも死です。

これを「生死を越えた生」「生死を越えた死」・・不生不滅といい、生というときは生の他に何もなく、死というときは死の他に何もないのです。

正法眼蔵 現成公案 

仏道をならふといふは、自己をならふ也。自己をならふといふは、自己をわするるなり。自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。万法に証せらるるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。悟迹の休歇なるあり、休歇なる悟迹を長長出ならしむ。

現代語訳

仏道を学ぶということは、自分という存在を明らかにすることである。
自分という存在を明らかにするということは、自我意識を忘れ去ることである。
自我意識を忘れ去るということは、あらゆる事柄に照らし出されて自己が明らかになることである。
あらゆる事柄に照らし出されて自己が明らかになるということは、この身と心や、他との関わりのなかに存在する自分の身と心といったものを脱ぎ捨てることである。

そうして悟りを開くことができたとしても、悟りの臭いが残っているうちはまだ本物ではない。
悟り臭さすらなくなり、悟りそのものとなって、自己の束縛から完全に抜け出てなくては本物でない。


たき木、はひとなる、さらにかへりてたき木となるべきにあらず。しかあるを、灰はのち、薪はさきと見取すべからず。しるべし、薪は薪の法位に住して、さきありのちあり。前後ありといへども、前後際斷せり。灰は灰の法位にありて、のちありさきあり。かのたき木、はひとなりぬるのち、さらに薪とならざるがごとく、人のしぬるのち、さらに生とならず。しかあるを、生の死になるといはざるは、仏法のさだまれるならひなり。このゆゑに不生といふ。死の生にならざる、法輪のさだまれる仏転なり。このゆゑに不滅といふ。生も一時のくらゐなり、死も一時のくらゐなり。たとへば、冬と春のごとし。冬の春となるとおもはず、春の夏となるといはぬなり。

上記現代語訳:薪が灰となってから再び薪に戻ることがないように、人が死んだ後に再び生きる人になることもない。
生が死になると言わないのは、仏法において当たり前のことである。
だから不生という。
また、死が生になることはないという真実も、仏法を説く上で定まっていることである。
だから不滅という。


生とは線ではなく、生きている今この一点を示す言葉であり、死もまた、死んでいる一点を示す言葉だ。
それはたとえば、季節の移ろいを例にするとわかりやすい。
冬が春になるという移ろいを、冬というものが春というものになったのだとは普通考えない。
春というものが夏というものになったのだとも言わない。
冬が春に変化したのではなく、「今、春である」というよりほかに、季節を言い表すことなどできないのである。

以上幾つかの核心部を例えの中から、また先達の学者の現代語訳を列記し解説を試みてきたが仏教自体矛盾的な自己同一といった日本語や日本文になじめないものがあり改めて理解がし難い箇所が出てくる。部分解説となったがこれを機会にさらに勉強を進めてみたい。

以降の解釈は今一度正法眼蔵をよく読み解き自分の理解が進んだときに再度紹介してみたい。

最後に正法眼蔵の核心と自分自身が理解したことを詩人の故大岡信氏が述べた「目には鱗的」な言葉を紹介しよう。

「生があり、死があるから命という真理があるのではない。

目には見えない命の真理というものがあるから、生があり死がある。

命の真理とは、形あるもの、一切の有よって量りえぬもの。即ち形のない無に他ならないのだ。

形がないからからこそ一切の形あるもの内に現れ、これを動かしている活機にほかならない。

だららこそ生は全機現であり、死は全機現なのだ。

(全機現:全機現とは、生と死の現実は宇宙の絶大なる働きによるものである。真理・摂理。

生は生、死は死でありそれらは全く別のものであり、それに一切の繋がりはない。生は現れるものでも去っていくものでもなく、死に変わるものでもない。生は生として全機である。生と死は全宇宙のあるがままの働きによるものと知るべし。自分の力でどうこうできないのだ。自らのうちに宿されている、量り知ることのできない真理(いのちの摂理)のなかに、生があり、死があるということに気づかなければならない。)


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