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大乗非仏論と弁証法 その一

結婚前、東京でサラリーマン生活を送っていた時、鬱々とした気分に時々襲われた。それは仕事の適正であり、技術者としての自分の能力であり、根底の定まらない日常生活への反省でもあった。
同期で入社した友達や先輩たちとの交流はそれは楽しいもであったが、如何に生きるべきかとか自分とは何かと言った一種の脅迫観念のようなものに取りつかれていたようにも思われる。
好きだった女性との突然の別れやその後配達された彼女の手紙に驚きもしたが、それを読むことなく破り捨てむしろ田舎に帰って再出発する切っ掛けとした。

田舎へ帰り自営業への準備や勉強に数年費やしたのち結婚もして子供も二人できた。
生活も安定したそのころから以前から関心のあった仏教思想の勉強、特に禅学の勉強のため京都のFAS協会の会員になるため協会あてに入会申し込みのため手紙を書いた。ほどなく委員長から入会了承の返事をしたためた返書が届いた。その時の委員長は、京大で数学を専攻した方でソルボンヌ大学へ留学を果たしたモダニストであった。
FAS協会は京都に本拠を置き、京大を卒業した久松真一先生が設立した一般人を対象としたポストモダンへの禅の学業一致を目指した団体である。
ここでは、近代哲学や大乗仏教哲学論を大学で教鞭をとる先輩諸氏の論文を通して理解を深めていった。

前置きが長くなりましたが、私は以前から、大乗仏教は釈迦の唱えた仏教なのだろうかという疑問があった。この問題と近代の弁証法から何らかの解決が見つからないだろうかとか、この問題に先鋭的な見識を持つ京都学派の流れを汲むFAS協会の指導者たちの論理を勉強するのも無駄でなかろうという考えがあったのだ。 冒頭の写真は何度も歩いた思索の道{哲学の道」
その2へhttps://note.com/rokurou0313/n/nbdb82b61107f

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