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思い立って資格を取るまでのお話(13)
夏の終わりの決意
時は少し前後するが、2021年8月の終わり。
我が家は旦那や子どもも含めて、1年(度)のうちで私の誕生日が最も遅い。夏に私の誕生日があったら次は翌年春まで、家族内では誰の誕生日もない。
ふと、自分の年齢について考えてみた。今の自分の年齢のときに、親はどうだったか。そして子どもが区切りの年齢の時に、私はいくつぐらいになっているのか。
私の両親は、当時でも「早い」と言われる年齢で結婚、親になっている。反対に、私はちょっと遅い年齢で。真ん中のきょうだいのほうが数年早く結婚し、先に親になっている。
親が今の私の年齢のとき、親は中学生や高校生の母だったのか。
ちょっと待て、今の私の年齢ぐらいのときには中高生の親だったんだよね? と、改めてその事実を自分の脳内で確かめた。
高校の学費、中学の学費。その後は大学などの教育費。両親は恐らく借金らしい借金はないような素振りだった。その素振りどおりだったとして、学費は年間いくらかかっていたんだ? 学費以外にも、食費や水道光熱費、家賃(転勤族の借り上げ社宅だったので、全額負担ではないにしろ)。その他、家電などの大きめ出費が毎年ひとつ、年齢があがるにつれて回数は減っていたが、家族で帰省分の旅費があったとして・・・。
私と旦那。お互いにほぼ自営業なので仕方がない部分かもしれないが、ボーナスも見込めない。ならばそれを補うだけの収入が毎月あればいいのだが、それもあるわけじゃない。この先どうやっていくんだ? 急に不安が襲ってきた。
「ようやく」危機感をもったことで、遅い! と言われればそれまでかもしれない。この先がピンチなのであれば、今は耐え忍び、緊急用をしっかりストックしておくべきなのではないか? と思うのだが、旦那はちがう。
「貯めてばかりじゃ、今のご時世、ただ金庫に入れているのと変わんないんだよ? 使うところで使わないと」
いや、私は知っている。大きなお金が必要となると、その都度顔が引きつっている。そしてこの時ではないものの、こう言ったこともある。「いざとなったら、あの親(自身の親)ならちょっとした金ぐらいあるだろうから、借りるさ」。
これはこれで私からしたら「ありがとうございます」なのだが、どうやら旦那は「してもらう」のが当たり前になっていて、気づいていないのかもしれない。よくよく考えてみれば、「いつまでも親のすねをかじっている」ことには変わりない。
本来なら、私たち世代が親の面倒を何らか見ていかないといけない年代なのではないか? なのに、いつまでもすねをかじっていてどうするんだ? そして今のままだとこの先も、かじり続けることになるんだぞ?
といった危機感が、さらに沸いてきた。
いつまでも親に甘えている場合じゃない。でもきっと、それを言ったところで旦那自身にその自覚がないのだから、きっと私の訴えは退けられる。
仕事が大好きらしいお義父さんがまだまだ働き続けると知ったとき、旦那は、
「え~、おとん、働くねぇ」
と笑って言っていたが、それってもしかして、私たちがお義父さんを「働かせてしまっている」のではないだろうか?
こんな状況でいいのか?
一刻も早く、この状況から抜け出て「完全に」「援助なしで」「何もかもを自分たちで賄う」ようにならなければいけないと思った。出費としては大きいけれど、故障した家電をパッと買えるぐらいの余裕は残しておきたい。そのためには、先があることが見込めない、状況によって減額もありうる旦那の給料に大半を頼りきりだなんて、不安定な中に居続けている場合じゃない。
そのためには?
結論。私が、今以上にもっとどうにかしなければ。私も、収支をプラスにするために、外で働くことも考えなければいけないかもしれない。
そう考えると、その道で働くことも視野にいれて、保育士資格を一刻も早く取得しなければならないという結論に至った。もっと私が、自立した立場にならなければ。私の道は、私自身で切り開いていかねば。
これまでは何となく、「1年で取れたら『いいな』」だった。その理由が、「費用が安くあがるし」で、数年は猶予がある(科目合格の有効期間のことで、3年間)のだから、最悪3年かけて取ろう、と考えていた。
このときに、考えが変わった。「保育士資格を取れたらいいな」じゃない、「取る」。