その時の太鼓はまるで深呼吸をしているかのようだった。「岸和田だんじり祭」の静と動
大阪府南部に位置する泉州地域では、だんじり祭が盛んである。中でも岸和田市の祭礼は「岸和田祭」と呼ばれ、近年全国的にも名が知られるようになった。
その理由の一つとして、地車(だんじり)と呼ばれる欅造りの山車を高速で走らせ、勢いを保ったまま辻角を曲がる「やりまわし」の迫力が挙げられる。
おおよそ伝統的な祭礼は危険なものを年々排除していく時勢であるが、岸和田の男たちはこのような時代に阿る事を拒絶するかのように荒ぶる。徹底した安全確保は当然ながら配慮するが、それ以上に曳き手全員の団結力が、やりまわしという荒技を成功させている。
元々気性の荒い地域であるがゆえに、このような激しいやりまわしに多くの見物人の目が行きがちだが、この「動」の部分をより引き立てる「静」の姿もこの祭礼は内在している。
今回描かせていただいた場面は「岸城(きしき)神社宮入の図」である。祭礼中の一番の見せ所である「コナカラ坂」と呼ばれる、傾斜角二十度以上の坂を一気に駆け上がってやりまわしを決める難所である。
勢いづいた鳴物が響き渡り、曳き手青年団の「そーりゃぁ」の掛け声勇ましく、大屋根で舞い踊る大工方を群参した見物客がうっとり見上げ、地車が高速できれいにやりまわしを決めた瞬間、大地を震わせる歓声が爆発する。
そののち岸和田城のお堀をゆっくりと練り歩き岸城神社へと向かう。
その時の太鼓の調子はまるで深呼吸をするかのように静かに落ち着いた調子を打ち込み、情緒ある笛の音が曳き手の心を整える。
ゆるりゆるりと歩みを進め、抜けるような青い空に仰ぐ岸和田城。ほんの数分前までの喧騒が夢だったかのように、重さ4トンの地車はジリジリと微かな音を地面に残しながら神社へと向かう。宮入が終わればまた、市内各所を駆け回るのだが、この瞬間、この時間だけは少し時計の針も太鼓に合わせて深呼吸をしているようだ。
「中外日報」連載記事「日本の祭・静と動」
令和2年(2020年)7月3日掲載
画・文 六覺千手
※令和2年度の岸和田祭は新型コロナウィルス感染拡大防止の観点から
地車曳行自粛。神事のみ催行される予定です。
岸城神社 例大祭9月15日
岸和田天神宮 例大祭9月15日
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