指標改善のための操作は体質悪化を招く
[要旨]
ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんによれば、経営指標を改善するために、数字を直接操作しよとすることは避けなければならないということです。例えば、ROE・ROAなどの経営指標の見栄をよくしようとして、自社株買いや資産売却をすると、結果的に、企業体質を劣化させ、持続的成長を自ら損ねる結果を招くことになるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、ブリヂストン元CEOの荒川詔四さんのご著書、「臆病な経営者こそ『最強』である。」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、荒川さんが、ブリヂストンのCEOに就任してすぐに、ROAを目標指標に設定したそうですが、これは、当時のブリヂストンのように、銀行などから多額の借入を行い、装置産業として大きな資産を抱えている企業にとっては、すべての資産の効率性を把握できるROAが適切だと考えたからだということについて説明しました。
これに続いて、荒川さんは、経営指標を直接操作しようとすることは望ましくないということについて述べておられます。「注意を促したいのは、『経営指標』を改善するために、『数字』を直接操作しようとしてはならないということです。例えば、ROAの場合であれば、分母である『総資産』を圧縮すれば、『利益』はそのままでも、『数字』は改善します。つまり、自社株買いをして資本金を圧縮したり、保有する資産を売却したりすれば、『分母』が圧縮されますから、事業内容に改善を加えなくとも、一時的にはROAを改善さえることができるわけです。
しかし、それに本質的な意味があるでしょうか?もちろん、事業規模に比して資本金や資産が過剰である場合や、不活動資産や将来も利益を生まない事業などは、それらを整理する必然性があるでしょうが、単にROAという『経営指標』の見栄をよくするために、自社株買いや資産売却するのは本末転倒だと思います。ところが厄介なことに、自社株買いをすれば一時的に株価は上がりますし、資産売却によって特別利益が出れば、配当金が増える可能性もあるため、多くの場合、株主はその施策に賛成します。
そのため、多くの企業で自社株買いや資産売却がさかんに行われてきたのが事実だと思います。私も、そのことに一定の合理性はあったとは思います。最近まで、日本企業は欧米企業に比べて、資本効率・資産効率を示す『経営指標』であるROE・ROAがかなり劣っていたのは事実であり、その背景には、日本企業が総じて投資家に対する意識・対応が弱い実態があるという指摘がされていました。そのような状況を改善するために、日本企業が自社株買いや資産売却を行うことに異論があるわけではありません。
しかし、一方で、経営は常に、ムダをそぎ落とす『引き算=自社株買いや資産売却』と、成長のための『足し算=投資』が対になっていなければ、持続的成長を描くことができないのも事実です。その観点からすれば、自社株買いや資産売却などの『引き算』のみに注力するのであれば、それは事業規模の縮小にほかなりません。それでは、一時は、株主や会社に利益をもたらし、ROE・ROAの数字を改善するかもしれませんが、長期的に見れば、企業の持続的成長を阻害する結果を招くのは自明のことです。
しかも、企業の持続的成長において最も重要なのは、将来の利益を生み出すための『投資』であるにもかかわらず、『投資』のために増資をしたり、銀行借入れを増やしたりすれば、計算式の分母が増えて短期的にはROE・ROAは悪化するわけです。このように、ROE・ROAなどの『経営指標』の見栄をよくすることを目標にすると、結果的に、企業体質を劣化させ、持続的成長を自ら損ねる結果を招く可能性があるということです」(49ページ)
会社の事業戦略の多くは長期的視点に基づいて行われる一方、一般的に決算は1か年ごとに行われるため、会社が新たな事業を開始した直後は、財務指標が悪化することがあります。例えば、Amazonはあまり利益を計上しない会社として知られていますが、それは、長期的な投資を行っていることによるものであり、営業キャッシュフロー(事業活動から得られる資金流入)が多いことから、同社は高く評価されています。
財務分析においても、指標が悪化した会社は業績が悪いと単純には判断せず、その要因までさかのぼって判断しなければ、真の財務分析はできません。ただ、投資家の中には、ROE・ROAだけを見て評価する人もいるようですが、そのような判断をする人は、短期的な投資しかしていない人たちでしょう。したがって、そのような投資家に気兼ねしすぎて、荒川さんがご指摘しておられるように、「数字を直接操作」することは、あまり賢明とはいえません。
そこで、長期的な視点で会社を評価できるような仕組みとして開発されたツールが、バランススコアカード(BSC)です。BSCは、(1)財務の視点、(2)顧客の視点、(3)業務プロセスの視点、(4)学習と成長の視点の4つの視点から事業活動を評価できるようにする仕組みです。
これによって、財務の視点だけでなく、その他の3つの非財務の視点によって、総合的に評価できるようになります。その結果、一時的に財務指標が悪化したとしても、直ちに会社の総合的な評価が悪化することを避けることができます。中小企業でも、直ちにBSCを導入することは難しいものの、その考え方に基づいて自社を評価する仕組みを取り入れることは、会社を長期的に発展させるためには効果があると、私は考えています。
2024/11/13 No.2891