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DXとは将来のためのリソースの捻出

[要旨]

冨山和彦さんによれば、DXとは、デジタルを活用した既存事業の磨き込みによって、人的・資金的なリソースを捻出し、そのリソースを使って新たなチャレンジをすることだそうです。そして、その新たなチャレンジのうち、いくつかが実を結び、やがてその新たなチャレンジは、既存領域となっていき、その既存領域でDXを推し進めるループを回すことが、安定的な事業の発展につながるそうです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんと望月愛子さんのご著書、「IGPI流DXのリアル・ノウハウ」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、DXの導入は、当初は自動化や省力化などから始まることが多いですが、そこから、さらに顧客に付加価値を提供できなければ、DX導入の効果は半減してしまうにもかかわらず、システム会社などからの提案を安易に受けて、DX導入を目的化してしまう、すなわち、「武器オリエンテッド」になってしまえば、その意味はなくなってしまうということを説明しました。

これに続いて、冨山さんは、コマツがKOMTRAXを導入した経緯を好事例として説明しています。「生産性向上や付加価値創出の必要性・喫緊性は、待ったなしの状況にある。この状況において、私たちはAIしかり、通信技術やクラウド環境しかり、デジタルという使える武器を状況に応じて装備し、攻めと守りの両面で、一人ひとりが戦っていくことが求められている。デジタルを活用した既存事業の磨き込みによって、人的・資金的なリソースを捻出し、そのリソースを使って新たなチャレンジをする。新たなチャレンジのうち、いくつかが実を結び、やがてその新たなチャレンジは、既存領域となっていき、その既存領域でDXを推し進めることによって、次の新たなチャレンジのためのリソースを創出する。

要は、DXとは、デジタルの力を借りて更なるリソースを捻出するという、私たちの将来のための『借り物競争』である。そして、残念ながら、借り物たるDXが、私たちの代わりにゴールに向かって走っていってくれるわけではない。『ゴールテープを目がけて走るのは自分』という当たり前の事実をいち早く受け入れた人が、その競争のゴールへと前進するだろう。既存事業を磨き上げて、このリソース創出ループを回しているDXの先駆者と言えば、建設機械の情報を遠隔で確認できる『KOMTRAX』の仕組みを作り上げたコマツが有名である。

コマツの建機を購入すれば、このシステムを無料で使うことができ、建機の位置や稼働状況を常に把握することができる。常にモニタリングしているので、故障や補修などの対応もスピーディ。また、GPSにより、盗難防止にもなる。つまり、コマツは、建機という『モノ』だけではなく、情報サービスを伴って価値提供をする『コト』売りにビジネスモデルを進化させたわけだ。驚くべきは、コマツは、この『KOMTRAX』を、営業赤字に転落した2001年のタイミングで、自社負担にて標準装備するという意思決定を行っていることである。

実は、厳しい時期というのは、こうした『トランスフォーメーション』の仕掛けどころであることが多い。どうでもいい文句を、四の五の言っていられるのは平和だからこそであり、危機的状況においては、無駄な横やりが入らず、より本質に迫った意思決定ができるからである。この時、『KOMTRAX』をオプションから標準に変えたことで、コマツは業務のやり方そのものを『コト』売りへと変革させた。その後は営業利益率の大幅な改善を続け、次なる成長のためのリソースを、資金・データともに獲得し、現在も工事プロセス全体のデジタル化に挑み続けている」(46ページ)

冨山さんは、DXについて、「デジタルを活用した既存事業の磨き込みによって、リソースを捻出し、そのリソースを使って新たなチャレンジをする」と述べておられ、私もその通りだと思うのですが、このDXによるリソースの捻出は容易ではないと、私は考えています。冨山さんも、「新たなチャレンジのうち、いくつかが実を結び、やがてその新たなチャレンジは、既存領域となっていき、その既存領域でDXを推し進めることによって、次の新たなチャレンジのためのリソースを創出する」と述べておられるように、何度かの試みによって、ようやくリソースを獲得できることになるでしょう。

したがって、まず、DXの導入による効果を着実に得ることを目指すことが得策であると、私は考えています。その鍵は、コマツがKOMTRAXの導入によって実現したような、サービス・ドミナント・ロジック(SDL)の考え方に基づく新たなサービスの提供です。コマツは、自社の事業の定義を、従来の建設機械の製造から、KOMTRAXによる作業効率の改善するためのソリューションを提供すること、すなわち、「モノ」から「コト」に変えたわけですが、このような、モノづくりではなく価値づくり、つまり、サービスの提供を中心とする考え方をSDLといいます。

もちろん、SDLを実践することも容易ではありませんが、現在は、製品そのものでの差別化が難しくなりつつある時代ですので、サービスでの差別化は不可避と言えます。したがって、DXによるSDLの実現に、1日でも早く着手することが競争を優位に進めることになるでしょう。

2024/5/7 No.2701

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