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抑圧的な社会で消費は活性化しない
[要旨]
経済評論家の加谷珪一さんによれば、ハンコにお辞儀させるという馬鹿げた習慣をITシステムに実装させるという会社は、立場が下の相手に対して抑圧的に振る舞い、上下関係でコミュニケーションを保つという日本社会の特徴を反映していると考えることができ、こうした組織のカルチャーは、確実に国民のマインドを暗くし、各種の経済活動に影響を与えていると考られるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、経済評論家の加谷珪一さんのご著書、「国民の底意地の悪さが、日本経済低迷の元凶」を読んで私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、加谷さんによれば、現在は、目的を達成するために造られた合理的にな集団であるゲゼルシャフトによって豊かな社会が実現しているものの、一部の人は疎外感を感じることなどの理由で、地縁血縁など濃密な人間関係によって自然に結びついた集団であるゲマインシャフトを選ぶことがありますが、それは経済発展の妨げとなることから、それを乗り越えて、ゲゼルシャフト化へ移行しなければならないということについて説明しました。
これに続いて、加谷さんは、日本は抑圧的な社会であることが、バブル崩壊後の景気低迷が続いた原因であると述べておられます。「ITの驚異的なところは、技術開発など高度な計算を用いるような分野だけでなく、企業における日常業務の効率化など、社会のあらゆる分野を網羅していることです。チリも積もればとよく言いますが、小さな効率化であっても、これが社会全体で行われると凄まじい効果を発揮します。ITにはこうした巨大な潜在力があることから、うまく活用すれば、経済全体の富を一気に拡大させることが可能となります。
つまり消費主導型経済においては、社会全体としてITをフル活用することが成長の必須要件であり、諸外国はこれを実現できたことから、消費主導型経済においても高い成長を維持しているのです。ITを使った業務の効率化といってもビンと来ない人が多いかもしれませんが、数字を使って分析すると、より鮮明になってくると思います。日本の労働生産性は米国やドイツの3分の2程度しかないのですが、この数字をもっと分かりやすい形に分解すると、以下のようになります。日本企業では、1万ドルを稼ぐために、平均すると29人の社員を動員し、7時間超の労働を行っています。
ところが米国企業は、労働時間こそ日本と同じ7時間ですが、社員数はわずか19人しかいません。ドイツは25人と社員数は米国より少し多いですが、労働時間は1時間以上も少なく6時間弱で済んでいます。つまり日本企業は、大人数で長時間労働しないと同じ金額を稼げていません。ドイツでは週休3日という企業も結構ありますし、残業など考えられないという雰囲気です。米国も職場によっては『とにかく稼げ!』というところもありますが、多くは定時退社が常識です。
日本だけが皆、ツライ思いをして深夜まで残業しているわけですが、そうなっている理由のひとつが、IT化の遅れです。第1章では、ハンコにお辞儀させるという馬鹿げた習慣をITシステムに実装しているケースを紹介しました。これは単に業務のムダを継統しているという問題にとどまらず、立場が下の相手に対して抑圧的に振る舞い、上下関係でコミュニケーションを保つという日本社会の特徴を反映していると考えるべきです。そしてこうした組織のカルチャーというのは、確実に国民のマインドを暗くし、各種の経済活動に影響を与えることになります。
金融業界においてお辞儀ハンコの文化が根強く残っていたあるメガバンクでは、大規模なシステム障害を何度も発生させるという大失態を演じており、業績もライバル行と比較すると低く推移してきました。たかがハンコの押し方についていちいち批判すベきではないとの声も聞かれますが、ムダなことに血道を上げる企業文化というのは、IT化がうまく進められない、業績が向上しないといった形で社会に実害をもたらします。このような社風の企業において、斬新なアイデアが社員から提案されたり、失敗してもよいからやってみよう、といった流れになる可能性は極めて低いでしょう。
結果として、消費者がどうしても欲しいと思えるような製品やサービスは誕生せず、国内消費は停滞したままとなります。業務の効率化も進みませんから、残業時間は減らず、賃金も低い状態が続き、私生活は豊かになりません。筆者はこうした風潮の積み重ねが日本の消費を蝕んでおり、その影響は決して無視できないと考えています。景気の気は『気分の気』と言われることがありますが、これは単なるジョークではありません。私たちは真剣にこの問題に取り組む必要があります」(158ページ)
今回の引用部分に先立って、加谷さんは、バブル経済崩壊後、日本の景気が低迷していた原因は、多くの人がバブル崩壊の後遺症と考えているが、それだけでは説明できず、バブル経済より以前は、日本は輸出によって経済成長したものの、国際競争力が弱まり、内需拡大をしなければならないところ、内需が拡大しないことが本当の原因であると説明しています。そして、内需が拡大しない原因として、前述のように、「上司の承認欲求」を満たすことに労力が注がれるような企業風土が、従業員の「気分」を下げ、消費が拡大しないということです。
私は、この加谷さんの考え方は、因果関係が少し不明確であると思いますが、そのような要因はあると思っています。一方で、バブル経済が崩壊した後の1990年代以降に創業した、楽天グループ(1997年創業)、サイバーエージェント(1998年創業)、ディー・エヌ・エー(1999年創業)などは、歴史の古い会社の抑圧的な体質がなかったために、高い生産性を実現し、業績を伸ばしてきたと考えることもできます。では、歴史の古い会社は、会社のカルチャーを変えればよいのかというと、現実には、それが分かっていても、なかなか実現できないという面もあると思います。
このような悪い企業文化の影響は、景気のよいときはあまり表面化しないため、景気さえよくなればと考えられがちですが、長期的には競争力を下げることになることは間違いないので、経営者の方は、その改善に目を背けることは避けなければなりません。強い会社とそうでない会社の違いは、経営者の方が、企業文化など、根本的なところから会社をよくしようとしているかどうかという部分が大きいと、私は考えています。
2025/2/7 No.2977