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サンクコストに引きずられてはいけない

[要旨]

冨山和彦さんによれば、経済学に埋没費用という考え方があり、どんな意思決定をしても、今さら回収できないコストのことを指します。例えば、新規事業を始め、累計で10億円のコストを費やしても、ライバルが同じ分野にお参入してきたため、赤字続きで、今後も黒字化の見込みがない場合、撤退することが賢明です。しかし、これまで投じた10億円が回収できなくなった誤りを認めたくないために、撤退の決断ができない場合も多いようです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、冨山和彦さんのご著書、「結果を出すリーダーはみな非情である」を読んで、私が気づいたことについて説明したいと思います。前回は、冨山さんによれば、企業再生の現場では、論理的に考えて会社は生き残れないという状況では、事業を切り捨てる、資産を売却する、従業員に早期退職してもらうといった辛い判断をしなくてはならないにもかかわらず、経営者が情緒的になり、そのような判断を先延ばしにする、すなわち、従業員や利害関係者からの批判を避ける判断をしてしまい、結果、事業を行き詰らせてしまうことが多いということについて説明しました。

これに続いて、冨山さんは、サンクコストに判断を惑わされてはいけないということについて述べておられます。「経済学にサンクコスト(埋没費用)という考え方がある。どんな意思決定をしても、今さら回収できないコストのこと。例えば、子会社Aを設立して新規事業を始め、累計で10億円のコストを費やしたとする。ところが、複数のライバル企業が同じ事業分野にお参入してきたために子会社Aは赤字続きで、今後も黒字化の見込みがない。

そのとき、10億円をサンクコストと割り切って、子会社Aを売却、または、清算して新規事業から撤退するか、それともこれまで投じた10億円にこだわって事業を続けるか。これが金額だけの話なら意外と理屈で割り切れるものだが、子会社Aを設立したのが今の社長だったら、部下は、『すぐに撤退すべきです』と直言できるだろうか。あるいは、社長自身が始めた事業から撤退する判断を、自ら下せるだろうか。ここで、情緒的直感が介在する余地が生まれてくる。サンクコストに引きずられて情緒的判断に傾き、事業撤退できずに傷口を広げる企業が多いのが実態である」(106ページ)

埋没原価の事例は、旅客機のコンコルドが有名です。コンコルドとは、1969年に商業飛行を開始した超音速旅客機で、約4,000億円の研究開発費がかけられました。しかし、商業飛行を開始しても採算がとれないことが、開発の段階で分かっていたそうです。採算がとれない理由は、(1)飛行機に乗れる旅客数が100人と少ない、(2)燃費が低いことから運賃が高額になり、かつ、長距離飛行ができないため、途中給油なしでは、欧州と米国の間しか就航できない、(3)騒音が大きく、かつ、滑走距離が長いなどの条件から、就航先が限定される、というものです。

しかし、同機の開発を行ってきた英仏両国は、それが分かっていても後に引けなくなり、商業飛行を開始しました。でも、結局のところ、研究開発費を回収することはできず、さらに回収不能の金額が膨らんでしまいました。そうであれば、商業飛行は行わず、研究開発費の損失だけにしておくことが、最も賢明な判断であったということになります。ところが、回収できない費用を支出したという誤りを受け入れようとせず、非合理的な判断をしてしまうことを、この事例からコンコルド効果といわれるようになりました。ちなみに、ウィキベディアによれば、コンコルドは最速マッハ2.2で、ニューヨークーロンドン間を2時間52分59秒で飛行したそうですが、2003年10月24日に最後の営業飛行を終えたそうです。

話を戻すと、冨山さんが述べておられるように、「コンコルド効果」が起きてしまう理由には、数字以外の要因が大きい場合が多いと、私も感じています。特に、社長や長年会社に貢献した人の面目をつぶすようなことになる場合、なかなか決断ができません。しかし、事業活動において経営者の判断に誤りがあるということは珍しいことではありません。そうであれば、経営者自らが、自らの面目にこだわるようなことはすべきではないでしょう。

これから述べることは、私の想像なのですが、東京都渋谷区で。2023年8月に開業したドン・キホーテ道玄坂通の「ドミセ」が、2024年4月7日に閉店しました。(同店は、4月23日に、「キラキラドンキ」として再び開店しています)「ドミセ」は、創業者の安田隆夫さんの肝煎りでつくった店なので、それを10か月で閉店してしまうということは、安田さんの判断に誤りがあったことを同社が認めたということでもあります。

しかし、それをいったん閉店し、別のコンセプトの店をつくり直すことの方が、会社への損失を減らし、また、利益を得る機会を増やすことになるでしょう。そうであれば、ドミセを閉店する決断をした安田さんへの評価は、不採算のまま営業し続けるよりも、高まることになるでしょう。このドミセ閉店の判断の経緯は私の想像ですが、業績が好調な会社は、コンコルド効果が起きない組織風土があると、私は考えています。

2024/7/31 No.2786

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