ビス1個の値段を従業員に教える
[要旨]
稲盛和夫さんは、従業員の方に原価意識を持ってもらうために、ビスやナットなど、部品の値段を教えてあげたり、部品が床に落ちていたら片づけるよう指導することが大切だと考えています。このような活動を通して、すべての従業員が経営者と同じように原価意識を持ってもらうことによって、組織全体の活動が、より効率的になると考えることができます。
[本文]
今回も、前回に引き続き、稲盛和夫さんのご著書、「京セラフィロソフィ」 を拝読して、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、稲盛さんは、経営者は、常に原価意識をもって事業活動に臨まなければならない、その意識をもっているかどうかで、業績に大きな違いが出てくると考えているということを説明しました。これに続いて、稲盛さんは、従業員に対しても原価意識を浸透させることが大切ということを述べておられます。
「会社が、まだ小さいころは、私自身、よく製造現場に足を運んだものでした。ふと見ると、1キロくらいの原料が、床にバラバラとこぼれています。私は、もう身を切られるような思いになって、すぐに作業員を呼び集め、『どうしてこんなに原料がこぼれているんだ!』と、怒った覚えもあります。確かに、組立工場などの現場では、皆、一生懸命に作業をしているものですから、ビスやナットなどが、うっかり床に落ちてしまうこともあります。しかし、流れ作業でやっていますので、それをいちいち拾っていたのでは、追いつきません。落としたままで、どんどん組み立てていかなければならないわけです。
そのうちに、その落ちたビスやナットを踏みつけてしまうなどして、結局、使えなくなってしまうこともあります。ですから、そういうものが大量に床に散らばっている職場を見ると、『こんなことでは採算が合うわけがない』と思ってしまいます。そのため、私は、製造現場にビスが落ちているのを見るたびに、『ここにビスが落ちているけれども、これは、1個いくらするか知っていますか」と聞くのです。たいていは、『なぜ、そんなことを聞くのか』という表情で、『わかりません』という答えしか返ってきません。パートの女性にいたっては、誰も知らないわけです。
そこで、『これはいくらです』と、教えてあげることが必要になります。つまり、採算意識とは、まず、ビス1個、ナット1個は、いったい何円なのかを知ることから始まるのです。1個無駄にすれば、いったいいくらのロスになるのか、そういうことを把握していなければ、採算を向上させることはできません。そのために、経営者が強い原価意識を持っていることはもちろん、従業員一人ひとりにまで原価意識が浸透するような教育を行うことが、たいへん大事になってくるのです」(533ページ)
経営者の方が、部下に対して、「部品は大切にしなさい」、「部品が床に落ちていたら、すぐに片づけなさい」という趣旨のことを指導している会社は多いと思います。そのことに問題はないのですが、このような指導をしても、それは、道徳的価値観とだけしか受け止められていないことも少なくないと思います。確かに、部品は大切にしなければいけないし、床に落ちていたら片づけるべきものです。しかし、なぜ、そのようなことをするのかといえば、事業活動においては、最終的に利益につながらなければ、意味はあまり高くありません。
このような指導によって、稲盛さんが最終的に狙っていたことは、従業員の方も、経営者と同じ視点を持ってもらうことだと思います。そのことは、改めて言及するまでもありませんが、経営者一人だけが収益意識を持った活動をするよりも、すべての従業員も収益意識を持って事業活動をすることの方が、事業活動は効率的になるからです。そこで、部品の価格がいくらするのかということを、経営者が部下に伝えるだけでなく、私は、5S活動か、または、QCサークル活動なども合わせて行うことが望ましいと考えています。
これらの活動で、従業員の方の参画意識を高めることができるので、部品の価格を伝えることの意義が大きくなります。繰り返しになりますが、稲盛さんがアメーバ経営を浸透させようとした背景には、利益を得るための活動を、経営者だけでなく、組織の構成員全員が能動的、かつ、自律的に行う方が、より効率的であると考えたからであり、経営者の方には、従業員の方たちが、そういった活動ができるようになることを促す役割があると言えるでしょう。
2023/11/26 No.2538