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『壁打ち』で研ぎ澄まされた意思決定を
[要旨]
コンサルタントの徳谷智史さんによれば、会社経営者は、社内外に弱気になっていることや悩んでいることを、なかなか話すことができませんが、意思決定の拠り所を取り戻すうえでも、社外の中立な第三者に「壁打ち」の相手になってもらい、対話をすることで、「原点はこれだった」と、客観的な視点を取り戻せたり、心の奥底で思っていたことに気づくことがで、より、精度の高い意思決定ができるようになるということです。
[本文]
今回も、前回に引き続き、徳谷智史さんのご著書、「経営中毒-社長はつらい、だから楽しい」を読み、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、徳谷さんによれば、社長と社員の間で、前提となる情報に差があるにもかかわらず、社長は1から10まで全部を説明することなく、結論だけを伝えることがあり、その結果、社員は飛躍した結論だけを耳にすることになるので、両者の間で誤解が生まれてしまうことがあることから、これを防ぐには、社長は、少なくとも、幹部社員には、自分が今どういった背景で何を考えているのかを伝え、社長の発言の背景やプロセスを理解してもらい、さらに、それを社員に伝えてもらうようにするとよいということについて説明しました。
これに続いて、徳谷さんは、経営者が、より精度の高い意思決定をするために、中立な第三者と対話をすることが重要だということについて述べておられます。「社長の意思決定は、誰かに頼らず、社長自信で行うのが大原則です。というのも、社長は自分の意思決定に責任を負わなくてはいけないからです。『相談役から、やれって言われたからさ』というような社長に、社員も投資家もついていこうとは思わないでしょう。しかし、私自身がそうですし、また、たくさんの社長のサポートをしていても思うのは、誰かに『壁打ち役』となってもらって話をするのは、意思決定をするうえで、とても有効だということです。
読者の皆さんも、誰かに話をすることで、自分の頭の中が整理されたという経験はあるのではないかと思います。実は、社長にとっては、それ以上の意味があります。そもそも、社長というのは、本音で誰かに相談することが構造的に難しいのです。『社長』である以上、社員たちに心配な顔を見せるわけにはいきません。投資家や銀行に対しても、どれだけ不安を抱えていても、自信があるように装う必要があります。『実は、悩んでいまして』とは、口が裂けても言えないのです。
しかも、毎日のように数えきれない数の意思決定にさらされていると(しかも、それが楽しい案件ばかりではない)、社長自身も、何を基準にして意思決定をしていたかわからなくなるときがあります。すると、気づかないうちに、自身でしっかり考えていた社長でさえも、波風が立ちにくいような意思決定に流されてしまうこともあります。社長に限らずですが、自分のことは客観的に見れないものです。そんなとき、意思決定の拠り所を取り戻すうえでも、フラットな目を持つ第三者と話すことには、大きな意味があります。
ややこしい問題に関しては、自分一人では整理しきれないこともあるでしょうし、企業経営は放っておけば独りよがりになりがちです。そんなとき、誰かと対話をすれば、『あ、こういうことが大事だったな』、『原点はこれだった』と、客観的な視点を取り戻せたり、心の奥底で思っていたことに気づけたりもします。経営陣の中で、互いに対話をしながら壁打ちするのが理想ですが、社外に信用できる方がいるのなら、その方に、『壁打ち役』をしてもらえば良いでしょう」(328ページ)
私は、経営コンサルタントとして、顧問先から、徳谷さのいう「壁打ち役」を引き受けることを、重要な役割として位置づけています。徳谷さんは、経営者の方が、「壁打ち」をすることで、「客観的な視点を取り戻せたり、心の奥底で思っていたことに気づけたりする」とご指摘しておられますが、私は、それだけでなく、自分の頭の中にあった漠然とした構想を、より、研ぎ澄まされたものとすることができるようになると思っています。したがって、それ以降の経営者の活動が効率的になります。さらに、明確になった構想は、相談役、銀行、コンサルタントなど、他者から指示されたものではなく、自ら考えたことなので、腑に落ちたものとして能動的に実践できるようになります。
これは、上から目線で恐縮なのですが、私も、顧問先の社長のお話をきいていて、その中に、この部分はうまくいかないかもしれないと感じることがあっても、それは口にせず、「それではそれをやってみましょう」と、激励します。そして、実践してみた結果、私の予想通り、うまくいかない箇所があれば、修正してもらいますし、私も、前もって、うまくいかなかった時に備えて代替案を考えておいたり、失敗をカバーする手当てを準備していたりします。
このようなことをすると、少し遠回りになりますが、もし、失敗しそうな構想であっても、他者から指摘されるよりも、経営者自身が実践してうまくいかなかったことを経験してもらう方が納得感が大きく、改善策も身を入れて実践していただくことができます。経営コンサルタントというと、社長の要望を実践したり、要改善点を見つけて提案したりするというイメージが強いですが、実際は、顧問先の社長の「壁打ち」の相手をしていることが多いと、私は感じています。
2024/10/6 No.2853