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売上の前受は負債に計上すべき

[要旨]

公認会計士の森暁彦さんによれば、かつてのNOVAでは、受講生が入会すると最初に数十回分のチケットを数十万円で買うという仕組みで、約款に基づき、受け取った数十万円のうちの約半分は入会時に即時売り上げに計上し、残りの約半分は、レッスンの進捗に応じて段階的に売り上げに計上するという会計処理を行っていましたが、今から考えてみると、受講生から入会時に受け取ったお金は、即時にPLの売り上げとして計上すべきではなく、サービスを提供するまで負債に計上すべきだったと考えられるということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、公認会計士の森暁彦さんのご著書、「絶対に忘れない『財務指標』の覚え方」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、森さんによれば、固定資産から得られる将来のキャッシュフローは、社長やCFOが適切な額を見込みますが、その見込み額が楽観的過ぎると、短期的には隠すことができても、長期的には隠し切れなくなるので、誠実な見込みを行わなければ、適切な利益計上の妨げになるだけでなく、株主や銀行からの信用を失うことにもなるということについて説明しました。

これに続いて、森さんは、売上の前受をどのように収益に計上するかも、経営者の判断に委ねられているということについて述べておられます。「2つ目の『幅』は、売り上げの計上基準です。典型的なのは、顧客からあらかじめ受け取った前受金を入金時に売り上げに計上するか、サービス提供に応じて段階的に売り上げに計上するかということです。この論点では、今から十数年前、テレビCMを積極的に行っていた駅前英会話学校・NOVAの経営破綻を思い出します。

かつてのNOVAでは、受講生が入会すると最初に数十回分のチケットを数十万円で買うという仕組みでした。NOVAは、受講生との間の約款に基づき、受講生から受け取った数十万円のうちの約半分は入会時に即時売り上げに計上していました。残りの約半分は、レッスンの進捗に応じて段階的に売り上げに計上するという会計処理を行っていました。約款に基づく会計処理ですので、これはこれで合理性がありそうです。しかしながら、受講契約の中途解約を求める受講生との間で返金トラブルになりました。

後に最高裁判所は、受講契約の中途解約について消費者側の主張を認め、サービス未提供の部分を受講生に返金するように命じました。すると、NOVAには膨大な未計上の負債が発生することになりました。新たな負債の発生とは、すなわち、過去に計上した売上高をキャンセルする(売り上げがなかった)ということと同じです。最高裁の裁判で負けたこと、そして危うい会計処理を行ったことによるレビュテーション(評判)の悪化、前受金の返金による資金流出、そもそも本質的には最初から実はもうかっていないビジネスモデルだったということが判明し、NOVAは経営破錠、そして破産となりました。

後から全体を振り返ってみると、受講生から入会時に受け取ったお金は、即時にPLの売り上げとして計上すべきではなく、サービスを提供するまで負債に計上すべきでした。ちなみに私は、若かりし頃にNOVAの受講生でした。私も受講生(債権者)としてNOVAに返金を求めたものの、NOVAは破産して、膨大な債務超過につき前払いのチケット代は返って来ず数十万円はどぶに捨てることになりました。人生で初めて経験した貸し倒れです。若いうちにカウンターパーティーリスク(取引の相手方の債務不履行リスク)を経験しておけて人生の糧となりました」

NOVAは、受講生から前払いで授業料が払われた際、その45%を「システム登録料」として売上に計上していたようです。これのような会計処理については、適切であるか不適切であるか、見解が分かれているようですが、裁判では、受講生の主張が認められたようです。ここからは私見ですが、受講生が入学した際は、確かにイニシャルコストがかかるとは思いますが、そうであれば、授業料と入学金を切り分けて、入学金をイニシャルコストに充てれば、受講生に理解を得られ易くなったのではないかと思います。約款に記載されていたとはいえ、授業料の45%をシステム登録料にあてることは、受講生の誤解が起きる余地は大きいと思います。

また、これも私の想像ですが、当時のNOVAは多額の広告費を支払う必要があったので、受講生に入学時に授業料を数十回分払わせていたのだと思います。すなわち、より正しい会計処理を行うことよりも、多くの資金を集めたり、多くの利益を計上したいという意図が大きく働いたのではないかと思います。会計処理をどのように行うかという判断に100%正しいといういものはありませんが、同社については、生徒との紛議を防ぐ余地は大きかったと、私は考えています。

話を本題に戻すと、売上の前受について、どのような会計処理をするのかは、ある程度、社長やCFOに判断が委ねられています。ただ、自社に有利に解釈しすぎると、NOVAのような問題が起きてしまいます。そして、顧客も自社のステークホルダーであり、顧客とのよい関係を築くことは、長期的に自社の事業を発展させることになるという観点も忘れてはならないでしょう。そういった観点を持つことも経営者のリテラシーと言えると私は考えています。

2025/2/20 No.2990

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