自分自身と向き合い、静かな夜にひっそりと奏でられた深く青い美しい音楽。Katie Bejsiuk『 The Woman on the Moon 』
2019年に解散してしまったフィラデルフィアのローファイ・インディーロックバンド、Free Cake For Every Creatureの中心メンバーであるKatie Bejsiuk(以前はKatie Bennettという名義であった)の2022年作、初のソロアルバム『The Woman on the Moon 』。FloristやHovvdy、Lomeldaなどが所属するアメリカのインディペンデント・レーベルDouble Double Whammyからのリリース。
彼女はバンド活動をしていた時期はKatie Bennettと名乗っていた。彼女の名前はKatie Bejsiukだったが、ウクライナ出身の両親を持つアメリカ人一世の父親が彼女が生まれる前に苗字を変えていたそうだ。しかしソロでの活動は、自分自身のルーツを明確にするという意味合いからも、Katie Bejsiukと名乗っている。
この作品は、静かな夜が本当によく似合う。Free Cake For Every Creatureで聴かせたエネルギッシュなバンドサウンドとは異なり落ち着いたフォーキーな作品だ。ソロ作品とはいえ、Free cake〜のバンドメンバーや、同じDDWに所属するFloristのEmily SpragueがMV制作に参加するなど数多くの素晴らしいミュージシャンたちと、この自分自身へ向かっていく内側への世界を作った。ここには、Katie Bejsiukという一人の女性の鏡の中の世界がある。
10代、20代、30代と移り変わっていく女性としての自分の自己探求。今、この文章を読んでいるあなたにも振り返って欲しい。一体自分は何者なのか?年齢とともに、モノの考え方、人との関わりすべてが少しずつ変わってきた。Free Cake〜の音楽性は特に『talking quietly of anything with you』(2016)がよーく表していると思うのだが、太陽に照らされたKatieがアルバムジャケットにぴったりな、仲間たちと映る眩しいほどの若さに溢れた青春を表すようなローファイ的なインディーロックという印象だった。
しかし今回は、月夜に照らされたKatieたったひとりの横顔が、アルバムジャケットに表現されている。太陽(Free Cake〜)と月(ソロ)、という比較もできるがやはり今回のコンセプトは、”GirlからWoman”へと移り変わる中での自己探求と心の動きなんだと思う。そして、その移り変わりの中の葛藤を、今回ゲスト参加している彼女を取り囲むアーティストたちが、それぞれの音を持ってそっと見守っているように感じた。いろいろなレーベルをチェックしているが、特にDDWのアーティストたちは絆が強い。
人間はどのように成長していくのか。アーティストは、その時どのように表現するのだろう。このレコードは、FloristのEmily Spragueがバンドから一時期離れて自宅で一人で音楽を制作した『Emily Alone』にも似ているように思う。そして偶然にもMVとなっている「Onion Grass」は、そのFloristのEmily Spragueがビデオの監督を務めたものだ。美しい自然の造形物と、自分自身の内面を表す対比。大人になった今、ここから過去を見つめている。
最後を締めくくるトラック「Nightloop」 は、部屋の窓を開け放ってレコーディングしたという1曲。(そのため外を車が走る音などが入っている)この曲は、まさしくこの作品自体を制作している瞬間について歌っている曲で、自分の人生をループして、見つめ直しているという内容だ。時には夜中に静かにラップトップで本作をゆっくりとレコーディングしたこともあったそうだ。彼女は「このレコードの制作過程が、私を今の “私 “へと導いてくれている」とも語っている。
このレコードを聴き終えた時、きっと多くの人が同じことを考えると思う。自分自身は誰なのか。自分自身を見つ直すということは、ただただ感傷的に浸るのではなく、その時間こそが未来への自分への糧になるのだと。
Free Cake For Every Creatureのファンたちが、新しい音源を静かに静かに待ち望んでいたであろう。間違いなく、私もそのうちのひとりだ。Katie Bejsiukというアーティストは、知名度も低く、現時点で大きく話題にはなっていない。だが、そんなことは1ミリも重要じゃない。暗闇の中で小さくても温かな灯りをともしてくれるこの12曲は、私たちの期待以上に美しくも大きく意味のある時間を共有させてくれる。
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