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鯨骨生物群集あるいはエロ本生物群集
深海にも多くの生き物が暮らしていることがわかっているが、沿岸域と違い、いつも多くの餌にありつけるわけではない。硫黄分が多く噴出し、高温が確保できる熱水噴出孔などは、硫黄を栄養にして暮らすバクテリアやチューブワーム、それを食べるエビやカニなどでごった返しているが、そんな場所は珍しい。ひとたび餌が口の近くに来たら絶対に逃さないというような大きな口や、体より大きくても丸飲みできるように肋骨がなく胃袋が柔軟に広がるなど、特殊に適応して生きているくらいだ。
鯨は世界最大の哺乳動物であり、長生きすることでも有名だが、当然、死ぬ。偶然、浜に打ち上げられることはあるが、大抵は大海原で死に、内臓が腐りガスが溜まり浮くが、すぐにサメなどに食い破られ、肉をむさぼられ、沈んでいく。行き着く先は深海底だ。肉はほとんどなくとも、深海の砂漠にはオアシスであり、その死骸には瞬く間に多様な動物が群がる。骨だけになっても。骨にも食べる部分がたくさんあるし、付近に繁殖したバクテリアもまた餌となる。多くの命を、長い間養い、一つの生態系が形成されるので、「鯨骨生物群集」「鯨骨生態系」などと呼ばれる。
エロ本だ。唐突だが。大学で鯨骨生態系のことを習ったとき、なぜか瞬時に公園の隅に打ち捨てられたエロ本を思い出していた。色褪せ、緑や青がかり、女性の肌色も白くなっており、ページもまともにめくれないような鯨骨もあれば、さっき捨てられてた?いや、そっと置かれた窓辺に湯気立つコーヒーカップのような、ピカピカの鯨もあった。
第一発見者が俺たちの誰かだった場合(10歳、11歳あたりのことだが)、チラッと確認したあと、独り占めすることなく、いや、1人では手に負えない餌なので、アリが仲間を呼ぶように、みんなに伝えにいく。数分もしないうちにワラワラと群がり、にいちゃんなどがいるやつが解説などしながら、枝でページをめくる係がベラベラとめくる。縄で縛られた女性など出てくると、当然、要解説だ。SMプレイ、というらしい。みんなしずかなること林の如く呆然と、いや立ち尽くし、消化しようと頑張ったものだ。中には持ち帰ってしまう貪欲な勉強家もおり、まさに俺もそのひとりだが、なぜか母ちゃんにはすぐにバレてしまう。
ちなみに、母ちゃんという生き物は、シャーロック・ホームズでも友達にいるんかよ、ってくらい何でもお見通しで、古びた「鯨骨」を上靴袋に入れてるのなんか2秒でバレるし、ズボンに隠した新品もバレるし、タバコはバレる、部屋でこっそりいろいろしてるのも、風邪気味も、夜更かしも、失恋も、、、どうなってんだ。まあ、人の親となった今、よくわかるが、当時は不思議で仕方なかった。
そういう「エロ本」に群がり末永く想像をたくましく過ごせる俺たちを含む群衆を「エロ本生物群集」と呼びたい。生物学の博士が泣きそうな低偏差値な呼称だが。
もう20年以上前、小学、中学、高校、大学と貯まってきたエロ本が段ボール箱に何箱分かになり(なっちゃうんだよ)、しかし、引越し先の加減で持ち運ぶのが困難になり、処分する必要が出てきたその時、俺の中の鯨が跳ねた。これを恵まれない中学生に分けてあげよう。
早速、当時車を持っていた友人に相談して、地図を広げて、県内の縁辺地区、そういう本が入手しにくそうな地区の中学校に赤丸をつけて、俺たちのロングドライブが始まった。
えーと、まあ、いわゆる、ゴミの不法廃棄だ。しかも、目立たない、勘の鋭い(鼻の効く)子にだけわかるような場所とはいえ中学校の近くに。いい大人が。申し訳ない。ご勘弁いただきたい。しかし、まだ今のようになんでもネットでスイスイ見れる時代でもなかったこともあり、需要と効果は絶大と判断した俺たちはチープなロードムービーのようにアホな会話をしながら、県内外を舐めるように奔走。かけなくてもいいのに2日もかけて、数々の「鯨骨」を、このあたりはこのジャンルが好きそうだな、などと脳味噌のどこも使わない推理をしながら、そっと2、3冊ずつ置いてきた。
あれから随分経つが、今やそんなものは落ちていないんじゃないだろうか。だれか読んでいるのか?ネットやSNSで、自分の好みに合ったものを必要なだけ入手できる。ティーンズがそれらをどう扱っているのかは知らないが、随分進化しているんだろう。今、母ちゃん(父ちゃんも)の名推理というより直感と洞察力は鈍ってないだろうか。情報に頼っていないか?骨が落ちてる場所がわかるか?プライバシーとは関係なく降ってくる「鯨骨」。それはエロ本だけではないのかもしれない。高度成長期で物は溢れ出していたが、まだ「子供用」「子供が使えるもの」は少なく、また親もそのことに気づかず必死で暮らしていた時代に海底にいた俺たちは、あらゆるものに渇いており、身の丈に余るものも丸飲みしないといけない危険と隣り合わせの暇な日中を過ごしていた。だからこそ鋭敏に、感受性を研いでいた部分もあったのではないか。、、、なんの話だ?