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なんという3分間

 30歳をすぎた頃だったか、若さに任せてというほど無理もしてないが、大学院生で図書館にこもったり、ずっと立ちっぱなしで実験したり、サンプル採りで潜るのに、アザラシの気持ちで、とかアホみたいな潜り方したり、だいたい、布団の上でまともに寝てなかったりとしたせいか、首を少し痛めた。腰にはヘルニアがあり、そのことも影響してるはずだが、少し左下に首を傾けたり、自転車で左右確認しようとしたりすると、ピシッとしたような軋むような痛みが出てきた。喉あたりも痛いような気もして、病院にいったが、歳のせいでなんかの筋が弛んできて、神経に触ってるんでしょうと、モヤモヤしたことを述べられただけだった。

 それで悩むというほど痛くはなく、気がつくと40歳。悩んではいないが、長いなぁ、このままこんな感じなんかな、理学療法みたいな、なにかリハビリテーションみたいなプログラム組んだほうがいいのかな、と考え始め、近所の整形外科に行くが、なんか深い、細かい部分を聴き取ってはくれず、伸ばされたり電気刺激されたりするだけだった。当然解決はしなかった。

 45歳になった。今から2年前か。時々、ネットで調べてた、ということは、悩んでいたんだろう、やはり。その冬、これまでと比べて随分痛く、交差点で左を向くのが苦痛になっていた。無理に柔軟体操なんかしないほうが良さそうだと、少し指で押してほぐしたり、姿勢を正したりはしてみたが、どうも具合が良くない。

 漁師をやってる友人と信頼する先輩同僚が同じようなタイミングで、鍼灸院の話をしてた。まあ、そんな話題も出る、そういうお年頃だということだ。少し詳しく聴くと、ある治療院がよく効くと。よくある話だ。が、騙されたと思って行ってみた。すでにすごく痛くなっていた。

 診察券を作り、悩みを伝え、待ち合いに座ると「○○はやめなさい!」「○○で治る。」みたいな本や「きれいな言葉で魂が、、、」「地球の愛を○○で、、」みたいな、少し偏った切り口で相関の低いことがらの解決に導くような本がたくさんおいてあった。むう。これはなんとなく、やらかしたのでは?おっさんらが手首に巻いてる高そうな石の数珠みたいなんとか買う羽目になるのでは?そうまでならずとも、頭痛のしそうなトンデモ人体理論と生命体地球(ガイア理論)を結びつけて、杜仲茶も沸かない波動を捻り飛ばしてくるのでは?いや、それは大好物なんだが、、、。コワイよ。コワイ。嫁さんについてきて貰えばよかった(うちの嫁さんはうちの俺いわく、土の女神で、なんだか護ってくれてる気がするー、みたいな人)。

 じっとりと冷や汗をかきながら怯えて座っていたら、名前を呼ばれた。行くしかない。隣の部屋へ。果たしてそこには、ヘヴィメタルミュージシャンでゾンビ映画なども撮るロブ・ゾンビ監督のスプラッタ映画「マーダーライドショー」の鬼畜紳士、キャプテン スポルティングみたいな(もちろん、ピエロメイクは無し、してたら、もう喜んで鍼でメッタ刺しにされていただろう)、先生が座っていた。いやしかし、落ち着いた雰囲気。とりあえず、症状を話し、既往歴みたいのも話し出すと、静かにふんふんと聴いてくれている。ふむ、なるほど。と。少し触らせてください、と、首筋、喉元、頭に、肩などを軽ーくタッチ。マチェーテで首刈りされるかと身構えていると、イメージとは違う短い、見えないような鍼を出し、肘の内側とか、軽い圧迫感しか感じなかったが、3箇所ほど、鍼を打ったらしい。そして、席に戻り、向かい合ってから、左向いて、左胸を右手で軽く軽く、ゆっくりと撫でなさいと。

 ウソみたいだが、痛みが走り動かしにくかった首が、すっきり動き、まだ少し何かは感じるが、痛くはない。この撫で下げ撫で上げ動作を4、5回すればいいと。キャプテンっ!4、5回というか、3回目でなぜか痛くなくなりましたけど、僕、死んじゃったですか?こんなことあるんだね。その後、トンデモ理論を話すでもなく、診察料かかっちゃってもうしわけないけど、来週、経過だけ診せてね、と。俺もそのつもりだったので、予約して、支払いをした。

 受付に鍼代と診察券作成代と診察料で16000円程を。たぶん、安い(保険はきかないし)じつは、受付の女性および奥にいる別の先生はなにか「オーラ的な」話やなんかをしていたし、初回無料だが、麻紐を結んだ結び目だけをくれたりはした。体のどちらが傷んでも左ポケットに入れておくべきものらしい。しかし、キャプテンはそういった類の話はせず、人体の話、東洋医学の処置の話、病理的な原因はわからずとも、経験からいくつか処置を試み、反応を見ながら手技を組み立てるなどの話を俺にはしてくれた。話た時間は10分から15分か。鍼&胸撫では3分程度。3分で10年の痛みが消えていった。

 こんな劇的3分があったが、やはり、これを他人に薦めるに足る説明はできない。何で痛いのかは分からずじまい。撫でて何が起こったのか分からない。キャプテンにも分からないらしい。しかも、キャプテン、この場合、右向くのが痛くても撫でるのは左だと言う。その後、寝るベッドマットの具合で2度ほど同じ感じで首を痛めた。が、座り、深く呼吸をし、左向いて左胸を撫でると、たちまち治った。なんという3分間。生物と自然を研究して25年ほど経つくせに陳腐な感想だが、人体って不思議だ。

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