水曜日の彼女
毎週水曜日に会う女の子がいた。
彼女は私のSNSのフォロワーで、何度かダイレクトメールで恋愛相談のようなやりとりをしているうちに一度会って話そうということになり、西新宿の馴染みのショットバーで会うことになった。
初対面の印象はどこにでもいそうなOLだった。
綺麗だと思うが、決してクラスで一番の美人というわけではなく(真ん中より少し上くらいだ)背は高くもなく低くもなく、千鳥柄のスカートを履き、トリーバーチのバッグを小脇に抱えていた。
彼女の方はというと、私が想像していたよりもおじさんで、既婚者だったということもあり完全に興味をなくしたようだった。
正直に言うと、恋愛相談に乗っている体で、そういう関係に持ち込もうという下心で会ったので、私としては出鼻をくじかれる形となった。
彼女とはこれっきりにしようとも考えたが、話すとなかなかチャーミングなところがあり(ふと見せる八重歯が可愛かった)、せっかくなので彼女の恋愛相談に真剣に乗ることにした。
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彼女はセフレに片思いをしていた。
彼女とその彼はマッチングアプリで出会って、その日にセックスをした。よくある話だ。
最初からお互いセックスをすると決めて会って、彼女だけが彼を好きになり、彼は彼女を好きにならなかった。これもよくある話だ。
彼は水曜日になると彼女の一人暮らしの部屋に来るので、彼女は水曜だけは彼のために毎週予定を空けていた。
ただ、毎週必ず会いにくるというわけでもないらしく、部屋でひとり来るあてのない連絡を待つのが嫌だった彼女は、しょっちゅう私をLINEで呼び出し、飲みにいったりダーツをしにいったりと、夜の街を連れまわした。
どういうわけか私と一緒にいると必ず彼から連絡が来るそうで
「ごめ~ん彼から連絡来ちゃった」と嬉しそうに家路につく彼女の後ろ姿を毎回ぼんやりと眺めていた。
彼のマッチングアプリの写真を見せてもらったことがあるが、ハットを目深にかぶり、流し目でタバコを吸っていて大学生のようにも見えたし、もっと上にも見えた。
彼のどこが好きなのか彼女に訊ねたところ、自分に興味がなさそうなところと冷たいところがカッコイイと答えた。
じゃあ俺と正反対だね、と答えた。私はつくづく彼女に甘かった。
彼と休みの日に会ったりしないのかと訊ねてみたが、たぶん他に本命がいると思うと返ってきた。私は水曜の女だからと笑っていた。
夏が終わり、少し肌寒くなってきた頃、珍しく彼女の家に呼ばれることがあった。彼女はいつも出先から私を呼び出すので、自宅に呼ばれるのは初めてのことだった。コンビニで彼女の好きな銘柄のビールを買って、中野坂上にある彼女の家に向かった。
玄関ドアを開けてもらうと、ひどくやつれた顔をした彼女が立っていた。
おそらく相当泣いたのであろう、目が腫れていた。
ビールを飲むかと聞いたが「生理痛がきつくて飲めない。」と答え、そう言うと私の肩に顔を乗せて一時間くらい黙っていた。
私もそのまま、彼女の息づかいを肩に感じながら黙っていた。
帰り際、そんなに辛いなら他の男にしたら?と聞いてみたが、彼女は力なく笑っただけだった。
それまでは隔週くらいの間隔で彼女に呼ばれていたが、いつの間にか毎週水曜は彼女と会うようになっていた。私は他にもガールフレンドはいたが、水曜日だけはなんとなく彼女のために空けていた。
私は家庭持ちなので夜21時には家に帰ると彼女に伝えていたが、毎回21時付近になると計ったかのように彼から連絡が入り、もう大丈夫だから帰っていいよと彼女に言われて、促されるように帰宅した。
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その日の彼女は、いつもと様子がおかしかった。
今日はHUBで飲みたいと言うので連れて行ったところ、普段飲まないウィスキーやテキーラを飲み始め、ひどく酔って、私の首に腕を絡めてキスをしてきた。
今まで彼女が私にそんなことをしたことはなかったし、人目を気にせずにキスしてきたことにすごく驚き私が目を丸くしていると、今度は急に「帰る」といい、店を出て歩き始めた。
駅まで見送ったが、なんとなくその日は彼女のことが気になって、改札を越えた後の彼女の姿を目で追った。
彼女はいつものように真っすぐ歩いていたが、突然立ち止まり、こちらを振り返った。
私が彼女のことを見ていることに気づき、しばらく黙ってこちらを見ながら立ち尽くしていたが、私がその場を離れないのを見て、こちらに向かって引き返してきた。
「なんで帰らないの?」と聞かれたので、何か話したい事があるかと思って。と答えると、彼女は深いため息をついて「あそこ行こっか?カクテルの美味しいとこ」と言った。
彼女と初めて会ったショットバーだった。
店につくと彼女はグラスホッパーを頼み、私はウィスキーをロックで頼んだ。
彼女はしばらく黙ってカクテルグラスの縁を手でいじっていたが、ふと思い出したようにぽつりぽつりと話をはじめた。
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今日はごめんね。どうかしてたんだと思う。
-別に、構わないよ。
ねぇ、前にあなたを家に呼んだ日のこと覚えてる?
-覚えてるよ。ひどい顔をしていたから。
あの日ね、彼の子供をおろしたんだ。
妊娠したことを伝えたら、申し訳ないけどおろして欲しいって彼に言われて。そう言われるのはわかっていたんだけど、どうして言ったんだろ。彼に黙って病院に行くこともできたのに。
-誰でも言うさ、普通のことだよ。
彼さ、ずっと本命の彼女がいるかと思ってたんだけど、本当は結婚してたんだって。馬鹿だよね、全然気づかなかった。
私の周りの既婚者は、皆あなたみたいに自分は既婚者と堂々と名乗って女遊びするようなクズばかりだったから、まさか既婚を隠してまでダラダラ関係を続けるような男がいるとは思わなかった。
-おいおい、クズはひどいだろ。
ごめんね。彼とはその日に終わったんだけど、毎週水曜になると彼からまた連絡が来る気がして、一人でいるのが嫌であなたを付き合わせてしまった。
-なんだ、じゃあ彼から連絡は来てなかったの?
うん。いつも21時にアラームをかけてたから。今日いった店ね、彼とよく行った店で、水曜だし、もしかしたらいるかなと思って、あなたについてきてもらったんだ。
-彼はいたの?
うん。女の人と一緒だった。私より全然可愛くない女の人。
-だからキスを?
うん、ごめん。彼と目が合って。なんでそんなことしたかよくわからないんだけど。
私さ、変な男には引っ掛からないように注意してたつもりなのに、いつも変な男に引っ掛かるんだよ。なんでだろ。悔しいな。
そのまま彼女は声を出さずに泣いていた。
はたから見たら別れ話をしているカップルに見えただろう。私も彼女の方を見ずに、目の前のグラスの氷が溶けるのをぼんやりと眺めていた。
翌週の水曜日。彼女が私の職場の近くまで来ていたので、一緒に昼をとった。そんなことをしなくてもいいと言ったが、たくさんお金を使わせてしまったお詫びにと、私にトミーヒルフィガーのネクタイをプレゼントしてくれた。
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それ以来、水曜日が来ても彼女から呼ばれることはなかった。
もしかしたら連絡が来るかもしれないと思い、しばらく予定を空けていたが、これではまるで私が彼女のようだと思い、私からも連絡を取らないようになった。
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それから1年ほど経って、久しぶりに来たLINEで彼女が再来月結婚式を挙げることを知った。
どんな相手か聞くと、全然カッコよくないけど優しくてセックスが下手と返事があった。
それはいい人みたいだね。というと、
まぁね、と返事が返ってきた。
こっちに友達が少ないので結婚式の二次会に来て欲しいと招待された。関係性を聞かれたくないのでアルバイト先の店長として来て欲しいとのことだった。
相変わらずふざけた子だと思ったが、久しぶりに彼女と会えることが嬉しかった。
彼女からもらったネクタイを締めて行こうと思う。