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てるさんとわたし

歌舞伎町のキャバクラでボーイをしてる頃、りんかさんというキャバ嬢がいた。

りんかさんは見た目がキャバ嬢ぽくなかったので金持ちの客ウケは悪かったけど、普通のサラリーマンとか学生みたいな若い客層から人気の女の子だった。
てるさんも彼女のお客さんで、普通のサラリーマンだったけど、週に一回は必ずお店に来てくれていた。りんかさんはお酒が飲めなかったので、私はいつもカシスオレンジをカシス抜きで出していた。
てるさんのことを「細客」とか「キモイ」「死ね」とすぐ言うので、ヒヤヒヤしながらいつも見ていた。

りんかさんは当時ホストと付き合っていた。
(本人は彼氏と言っていたが、おそらくは、ただの客だったと思う。)
たまに店に来てて、てるさんと鉢合わせることもあって、てるさんは「りんかちゃんの彼氏さんだよね」と、その彼のことを知っていた。

りんかさんが妊娠して、他の客は全員離れていったけど、お腹が大きくなって店を辞めるギリギリまでてるさんは来てくれていた。
結局子供が産まれる前にそのホストは逃げて、りんかさんは1人で子供を産むことになった。
てるさんはいつも彼女を心配していて、何かに使ってあげて欲しいと私を経由してお金を渡してくれていた。
りんかさんは子供を託児所に預けながら、また店で働きだした。もう、てるさん以外の客は殆ど残っていなかった。

しばらくして、地元で鳶職をやっている男との間にまた子供が出来て再婚したが、酒を飲んで暴れるような男で、りんかさんはアザが見えないようにいつも長袖の服を着ていた。
結局、その男ともすぐに離婚してしまった。

てるさんに「りんかさんと結婚する」と言われた時は本当に驚いた。たぶんりんかさんは他に頼る男がいなかっただけだし、てるさんに愛情なんてないと思うけど、本当にいいのか?と聞いたが、てるさんは幸せそうに頷いていた。

りんかさんに聞くと、店に出戻りした時、赤ちゃんが高熱を出して託児所で診てくれない時はよくてるさんが面倒を見てくれていて、二度目の旦那の暴力が酷くなった時もよくてるさんの所に駆け込んでいたようで、長男が2歳になった今では本当の父親のようにてるさんに懐いていたので再婚を決めたようだった。



私が大学を卒業して不動産会社に就職してからも、てるさんとはたまに連絡を取っていた。相変わらずりんかさんの尻に敷かれてて、本当かどうかわからないけど、子供が起きてしまうのでまだ一度もセックスをしていないと言っていた。

私の初めての契約相手もてるさんだった。当時、私は投資用マンションの営業マンだったので、自分が住むためのマンションでもないのに本当にいいのか?と何度も確認したけど、「君には本当にお世話になったから」と2件も契約してくれた。ただ、りんかさんにバレたら殺されるので絶対に内緒にしてくれと念押しされていた。

不動産関係の書類をてるさんの勤務先に送っていたので、その後もてるさんとは営業マンとお客さんという関係が続き、毎年年賀状を送りあっていた。
長男は小学生になったし、次男も幼稚園に通う歳になっていた。りんかさんはもう30近い歳だったが、相変わらず綺麗で、てるさんはいつも幸せそうな顔で年賀状に写っていた。
ただ、私が転職したこともあり、その頃から段々とてるさんとも連絡を取らなくなっていった。

てるさんが死んだことを聞いたのは、前の会社の同僚からの電話だった。マンションの相続の件で奥さんと連絡が取れないので、何とか連絡をつけてくれないかというお願いだった。

線香をあげにてるさんの自宅に行き、久しぶりにりんかさんと顔を合わせた。
気付いた時にはもう末期の胃癌で手術もできずに苦しんで死んでいったそうだ。
死ぬ間際まで私ともう一度飲みたいと話していたということを聞いて、家族以外の人間が死んで生まれて初めて涙を流した。
マンションのことは最後までりんかさんに話していなかったらしく、私がその話をした時、りんかさんは最初ショックを受けていたように感じた。

てるさんがりんかさんについた最初で最後の嘘だった。

マンションは2件とも保険に入っていたので、住宅ローンは残らず、2件分の家賃で毎月20万円近くの金額がりんかさんに振り込まれる手はずになっていた。
2人の息子は小学生になっていて、てるさんにはちっとも似ていなかった。

それからほとんどりんかさんとは顔を合わせていない。

私がてるさんのお墓の近くに引っ越したので、久々にお墓参りをしようと、りんかさんに連絡をとった。
りんかさんとは同い年なので、もう30代後半なのだが、LINEのアイコンを見るとあいかわらず美人で20代にしか見えなかった。
「再婚しないの?」と聞いたが「いい男が全然いない笑」と返ってきた。

彼女のLINEの苗字は今でも「照屋」のままだ。


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