飛べない羊
明日やろうが馬鹿野郎なら、明後日やろうは大馬鹿野郎だ。
今日も今日とて深夜に明かりは灯り、布団は出番を迎えない。いっつもそうだ、締め切りのギリギリになって行動を起こすこの体は、頭のてっぺんからつま先まで怠惰で満ちているに違いにない。間違いない。絶対そうだ。毎回「次は早くに手を付けよう」と反省する癖に、その反省が活きた経験は未だない。これは由々しき事態である。
「直そうと思っても、すぐに直すことが出来ない。そういう性能の悪さが人間”らしさ”ってものだと思うよ」
そうフォローしてくれた友達よ、ありがとう。が、ダメだ。逆立ちしても時計の針は右回り、砂時計は何度も返しても戻らない。確実に迫る締め切りという名の時限爆弾を抱えながら丸腰で解除に取り掛かっている私の命は、気の持ちようでは救えないのだ。そう心の中で独り言ちては、N杯目の珈琲を飲み目下の課題に取り掛かる。全く、正確さを求めたロボットには人間らしさを追求する癖に、人間にはロボットのような正確さを求められている。いつか両者の目標が叶った時、人間とロボットは同じ領域に達するのではないだろうか。なんてSFチックな想像をしながらタスクと躍る30時。
堕落に踊らされる生活習慣は夜を食む。スタンバイ状態の羊の群れは今夜も柵を越えることは無いだろう、申し訳ない。しかしどうしてこうも進まないのかと自問。夜更かしをした分、朝に寝ているからだよと自答。なんということでしょう、要領が悪いことこの上なしである。
「何か起きて締め切り伸びないかな。」とか何とか考えても仕方がない、考える割りに作業が進まないのは、箸が転んだけで世紀末を考察するこの空想癖のせいである。需要がない、全くもって需要がない癖だ、早く作業をしなくては。...と思って動けていればこんな時間に起きていないんだよねと悪魔が囁く。天使は寝ている。羨ましい私も寝たい。と、なんだかんだ息抜きに散文を書いては現実から逃げている羊が一匹。
白む空に合わせて漸く手元明かりは役目を終える。
それは、今日もまた、今日を終えることなく明日を迎えたのだと告げる合図でもあった。