リモート・コーチング(離れていても)
宇宙戦争の影響を受けすべての公式戦が延期された。
(3ヶ月ボールに触れなければ、技術は1年後退する。)
それがこの世界の常識だった。しかし、自分だけ焦ってもどうにもならない。
家に閉じこもった僕のところに、毎日のように練習メニューの書かれたメールが入った。今はできることをできる範囲でするしかない。
僕はキッチンに立った。肉じゃがを作り、カレーを作り、ハンバーグを作った。パエリア、ペペロンチーノ、オムライス。「味のバランスを考えなさい」美味しくならなければ気が滅入る。体力を維持しなければ、ピッチに戻った時に困るのは自分だ。
コーチの指示に従って将棋を覚えた。対戦相手はネットの中に無数にいて困らなかった。棒銀を覚え、手筋を覚え、詰将棋を解き、実戦を重ね、初段に昇段した。「手の組み立て、効率を考えなさい」負けると無性に腹が立った。僕は四間飛車を覚えた。穴熊囲いを覚えた。王手がかからなければ負けはなかった。しかし、端から急襲を受けて惨敗することもあった。さばくというのは大変だ。
RPGをして遊びなさい。たまには息抜きも必要ということか。僕はレベル1から歩き始めた。最初は誰だってそうだ。経験を積み、お金を貯め、武器を整えた。仲間を集め、宝を集め、村人の噂を拾った。「世界を広げなさい」魔法使いになり、戦士になり、忍者になり、哲学者になった。賢者になり、勇者になり損ねて鳥になった。僕は密を避けて飛ばなければならなかった。仲間を失い孤独になり目的を見失った。幾つもの境界を越えた。もうまともな人には戻れない。このまま星になってしまうかもしれない……。「それでいい。俯瞰する力を養いなさい」忘れかけていた声が大地から聞こえた。緑の芝生が翼の下に大きく広がって見えた。
僕は突然ピッチに呼び戻されていた。
3ヶ月して宇宙人が去って、世界が日常を取り戻したのだ。
スタメンに僕の名前があったが、正直不安の方が大きかった。僕は全くボールに触れていなかったのだ。(しかし、今日が駄目でも、それはコーチの責任ではないのか)僕はピッチの上で開き直った。
キックオフの笛が鳴ってすぐにすべては杞憂であったことを知った。相手チームに比べて、僕らの動きは数段上回っていた。面白いようにパスを回し、何度もドリブル突破を成功させた。最初の15分で3点を先取し、30分には僕もミドルシュートを決めた。
ハーフタイム。ベンチに戻るとコーチが手を叩きながら微笑んでいた。何か魔法にでもかかっているような気分だった。まるでブランクが感じられない。むしろ上手くなっているようにさえ思えたのだ。
僕はコーチとタッチを交わし目で問いかけた。
「君がいつもサッカーのことを考えていたからだよ」