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冒険寿司
私を作っているものについて考えている。
私は誰といた?
どこにいた? 何を食べてきた?
どうして私は私を問うのだろう?
答えのない問いの中をさまよっていると行き着くところは空腹だ。
ああ、寿司だ。
寿司が食べたいぞ。
お金なんてない。だけど、冒険心が潜らせる暖簾があるのだ。
・
「へい、いらっしゃい」
基本のない寿司店だった。
マグロやハマチなんてありゃしない。
だから、任せる他に道はなかった。
何が出るかはお楽しみか……。
「しぶきです」
「ほう、これははじめて聞くネタだ」
「そのままどうぞ。なくなる前に」
とてもさっぱりしている。
口に運ぶ前に半分消えたようだ。
「のろいです」
「のろい……」
不快な響きだ。味は独特の苦味があった。
「大丈夫です。お茶でとけますんで」
「なつびです。燃えてますんで、熱い内にどうぞ」
「おー」
炎を吹き消して口の中に押し込んだ。
目の覚めるような熱さだ。
「かっぱです」
「これが?」
私の知る海苔巻きとはまるで違う。
「皿ごといけますんで。乾く前にどうぞ」
握ってすぐに食べさせる。
大将の強いこだわりを感じる。
「わかさです。あえて荒削りにしてます」
「へー、そうですか」
勢いに任せて噛みついた。
強い反発があって、簡単には噛み切れなかった。
手強い寿司があるものだ。
「ゆうひです。眺めてからどうぞ」
一転してロマンチック。
私は言葉を失ってしばし箸をとめた。
グラデーションがきいて見た目にも楽しい寿司だ。
大将、アートじゃないですか。
「うわさです。とある街の」
「どこです?」
大将は笑ってごまかしただけだった。
産地不明というわけか。
つかみどころがなく、歯ごたえもなかった。
私が食べたのは風かもしれない。
「あらいです。くまと一緒にどうぞ」
「くま?」
洒落をきかせたと言って大将は笑った。
真面目なだけが寿司ではないようだ。
「やしんです。かみつきますんで」
「ひえー」
ギラギラとして攻撃的だった。
箸で叩いてとげを落としてから反撃の暇を与えず一気に飲み込んだ。
なかなか気の抜けない寿司を出してくる。油断大敵だ。
「ねだめです」
「ほー」
なかなかできないネタらしい。
「若い頃はもっとできたんだがね」
大将は少し弱音を吐いた。
ねだめは白く夢のような香りがする。
こちらはスタミナがつきそうだ。
「たぬきです」
「じゃあこの辺で」
「あいよー!」
握り疲れたのだろう。
大将はうれしそうに返事をした。
「ずっとだましだましですわー」
長らくだましながら働いてきたと言う。
そのおかげで今日の私の冒険があった。
人生に迷った時には、また来よう。
「ごちそうさま」