偽の封じ手
「封じ手は……」
えっ?
読み上げられた一手を聞いて名人の表情が変わった。手元に引き寄せた図面を見て、表情は一層険しくなった。
「局面が……」
どうも局面が間違っているようだ。
「あなたは……」
挑戦者も事の異変に気づいた。
「別人だ!」
局面も封じ手も夕べから引き継がれたものとは違い、勝手に創作されたものだった。男は少し肩を落として自分の非を認めた。
「私の作った定跡を名人戦の大舞台で指させてみたかった……」
「待った!」
その時、襖を開けて正立会人が入ってきた。
「前説はそこまで」
「負けました」
偽立会人が頭を下げて退席した。
正立会人が封筒に鋏を入れ、角まできたところで止めた。切り落としてしまうとその部分が下に落ちてしまう。それを拾うのは一手無駄である。細かいところまで配慮を行き届かせることも、正立会人の務めであった。2枚目の封筒も同じよう開封して、中身を取り出した。いよいよ名人戦最終決戦、2日目の対局が始まろうとしていた。名人は息を止めてその瞬間を待っていた。挑戦者は眠るように目を閉じている。
「封じ手は……」
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