そば撃ち(矛盾決戦)
世界一長い手打ち蕎麦vs世界一息の長い男。
世紀の一戦として生中継されることになった。
蕎麦1本を一息で飲めばアスリートの勝ち。途中で噛み切ったり、音を上げたら蕎麦職人の勝ちとなる。千年続く名店の蕎麦が勝つか、300年のアスリート・キャリアが物を言うか。
今回の蕎麦は今までにない特製で、噂によると並の商店街の端から端よりも長いという。アスリートは日々努力を怠らず、民謡を歌って喉を鍛え、深海に潜って魂を清めたという。上回るのは矛か盾か。麺職人の意地か、それともアスリートのプライドか……。
「そのプライドが今回は命取りになるかもしれない。私が合図を送ったら、その時は躊躇せず蕎麦を撃ってくれ」
「わかった」
「蕎麦を撃ったことは?」
敏腕コーチがきいた。
「ある」
スナイパーは静かに答えた。
実際に経験したのはうどんの方だった。
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「さあ、いよいよ世紀の一戦のはじまりです!」
大きな丼に入った蕎麦がアスリートの前に運ばれてきた。
「たぬきか……」
茂みに伏せながら、スナイパーは眉間にしわを寄せた。
ざるではなかった。
アスリートはおもむろに箸で1本の蕎麦をつかみ、ずるずると啜り始めた。ずるずる、ずるずる、ずるずる……。
ずるずる、ずるずる、ずるずる。
啜っても終わりの見えぬ蕎麦。長い蕎麦だった。
アスリートは姿勢を変えない。
ずるずる、ずるずる、ずるずる。
ずるずる、ずるずる、ずるずる。
ずるずるずるずるずるずる、ずるずるずるずるずるずる。
長い時間が経った。
結末が見えぬ中、アスリートの頬が白くなって行く。
コーチが右手にタオルを掲げた。
「駄目だ。湯気でよく見えない」
どうしてざるで戦わないのだ。
スナイパーはプロデューサーに疑念を抱いた。
銃身を蕎麦からTVカメラに移すと、躊躇なく撃ち抜いた。
「カット!」